「うばい合えば」は震災後ネットで話題

そしてもう一人、その言葉が注目されている人物がいる――。11年8月下旬に行われた民主党代表選で辛勝した野田佳彦総理が、彼の言葉を引用したからだ。その短い言葉は、瞬く間に日本中に広まっていく。

   どじょうがさ
   金魚のまね
   することねん
   だよなあ
東京国際フォーラムのB1にある「相田みつを美術館」。

作者は相田みつを。独特の筆遣いと語りかけるような詩で“いのちの詩人”とも呼ばれた。大正13(1924)年、栃木県足利市に生まれ、生涯をこの地で過ごす。20年前に67歳で他界しているが、彼に一つの肩書を付けるとしたら、やはり書家だろう。

しかし、20歳で書家を志すものの、世に認められるのは遅かった。1984年に自筆詩集『にんげんだもの』を出版したのが59歳という還暦を目の前にしてのことだ。が、この本こそが、彼の代名詞のようになり、これまでに累計で250万部を超えるベストセラーになったのである。

野田発言後、東京国際フォーラム地下1階の「相田みつを美術館」では、急遽その書を額装して公開した。当然、これまで以上の人たちが足を運ぶようになった。額の前では幅広い年齢の人たちが足をとめる。

野田佳彦首相が民主党代表選で引用した「どじょう」の書。

「JR東京駅からも近いという好立地も後押ししたのでしょう。ビジネスマン、それも仕事や営業の合間だろうと思われるスーツ姿の来館者が目立ちます。ただ、父の書では地味な作品で、野田さんが挙げたのには、虚を突かれましたね。相当読み込んでいないと出てこない。たぶん野田さんは、乾坤一擲の人生の大勝負の決めゼリフとして、用意周到に準備したのだと思います。どじょうはどじょうのままで本物なんだと…」

こう語るのは、相田みつをの長男で、美術館の館長を務める相田一人氏。相田作品の語り部も務める。特に11年は、みつを没後20年に当たる。それを記念して彼は、命日12月17日までに100回をめざして、地方出張時以外、ほぼ毎日のペースで解説を続けている。