冬場は沖縄でレタスを栽培する

国内での連携にも進展があり、沖縄県の恩納村と共同で、沖縄県でのレタス産地化プロジェクトを行いました。これはレタスの需要が減っているのにますますつくり過ぎてしまうという現状に、農業のマネタイズ方法の多様化が歯止めをかけることができるのではないかというような仮説から始めた事業です。

川上村で農業ができる期間は、夏場だけに限られています。冬場は気温がマイナス20℃にも下がってしまうので、川上村の人達にとっては、夏場に一生懸命働いて、冬場は休むというライフスタイルが一般的です。

確かに冬場に休むことも大事ですが、冬場にもなにかお金を稼げるビジネスがあれば、夏場の過酷な作業を少し抑えて、生活にもゆとりが生まれるのではないかという構想です。

かねてから交流があった沖縄県の恩納村は、リゾート地でありながら、耕作放棄地が大量に発生しているという問題を抱えていた地域です。その地域に旅行する川上村の人達が多くいたので、その地域で冬の間に農業ができるのではないかという着想を得ました。そこで農家の若手を派遣して、実際に現地の農家と組み、現地のレタス栽培の産地化を行ったのです。

高原野菜であるレタスを南国で育てることができるのかという疑問もありましたが、蓋を開けてみるとこれが花開き、私たちの指導のもと、現地でレタスの栽培を始めたいという農家が次々と名乗りを上げました。

まだ生産量としてはこれからですが、今後レタスの生産が沖縄で広がっていけば、本土から輸送されるものよりも安くて新鮮なレタスを供給できるようになります。将来的には、海外からのリゾート客に対して新鮮なレタスを提供したり、米軍基地に卸すという可能性も広がっていくのではと期待しています。

自分の土地以外で農業をする

これをもう一段発展させて、ベトナムでも同じようなプロジェクトを実施しました。ベトナムのニンビン省というところでは平均所得が低く、住民の雇用政策の一環として広大なパイロットファームをつくるというプロジェクトが進行していました。たまたま大使館の縁があったことを一つのきっかけに、そのパイロットファームをレタスの産地にしようというプロジェクトへの技術協力を開始したのです。

これも先ほどと同様に冬の間に限られますが、技術協力という形で現地に農家を派遣して、実際に現地でレタスを生産できるかどうかを実験するとともに、今ある作物の生産の拡大をお手伝いしました。この技術的な協力から、現地では「川上レタス」という名前をつけることも検討してくれました。

レタスはもともと生鮮品として輸出が難しいといわれています。しかしひとたび川上村レタスというブランドをベトナムの中で普及させることができれば、現地生産のレタスをアジア全体に広げることができる大きなチャンスになるのではないかと考えています。

今までは、自分の土地でできた野菜を売ることだけが農家にとって唯一のマネタイズの方法だと思われていました。しかしこうしたプロジェクトにより、技術を売ったり、自分の土地以外で農業をしたりと、方法を多様化できるということが実際の例として示せたことは非常に大きな進歩だと思います。