日本の人口減でレタス需要も減っていく
しかし問題は人口の推移だけではありませんでした。
図表2は川上村の主力産業であるレタスの収穫・出荷量の推移と、人口の推移とを横に並べたグラフです。レタスは保存が効かないという特徴があるため、その需要量は単純に胃袋の数に比例することになります。そのため、人口が多い時代には生産量も上がり、人口が横ばいになると生産量も落ち着いてきます。今後、日本は大きな人口減少時代を迎えます。そのときに、レタスの栽培面積がどうなるかというのは、火を見るより明らかです。
しかし、レタスを生活の糧にする以上、結論としては量をさばくことでしか稼ぎは見込めません。そのため、個々の農家は収益を増やすために、レタスの生産量を増やすことになります。過去30年間、日本人一人あたりのレタスの消費量は横ばいで、年間1.9kgであるとのデータがあります。しかし、日本で生産されたレタスの総量を日本の人口で割ると、およそ3.6kg栽培しているというデータもあります。このことから、日本人は実際に消費する量に迫るレタスを廃棄していることが分かります。
レタスの需要量が減っていく一方で、レタスをつくらないとお金が稼げないというような産業構造を維持するというのは、危ういと言わざるをえません。これが当時、私が川上村で分析した状況でした。
4000万円売り上げても実入りはたったの117万円
加えて注目すべきは、川上村の「付加価値額順位」(人口一人あたりのGDP)です。これは一人あたりどれだけの付加価値を産み出しているかという指標です。
この指標に関して、川上村の額は117万円となっています(図表3)。4000万円超売り上げているにもかかわらず、付加価値額の順位を全国の市町村に並べると、全国約1800ある市町村の中で1467位になっています。つまり、GDPベースに換算すると、データ上は実は稼げていないということになります。
売上高は多いけれども、収益の部分が実は低いのです。117万円というと、社会保険における扶養の基準である130万円にも満たない額です。川上村の農業が成功しているといわれていても、実際に一人あたりで稼いでいるのはアルバイトよりも少なかった、というのが川上村の経済の本質でした。高コスト構造であり、付加価値生産額が非常に少ないということです。
また、地域経済の自立度が低いことも問題でした。これは多くの田舎に当てはまりますが、せっかく200億円稼いだとしても地域に商店などが少ないため、そのほとんどを自分の村の外で使ってしまっています。外で使ってしまっているが故に、地域の中での再生産がなかなか起きないというような低経済循環でした。
この経済の構造を整理してみましょう。まず川上村の産業構造の特徴として、巨大な生産シェアが挙げられます。真夏の期間、川上村のレタスは全国のレタスのシェアの8割に迫る場合もあります。みなさんが何気なく食べているレタスも、実は川上村のレタスだということが多いでしょう。
しかしこの巨大生産地は、労働あたりの生産性が低く、さらに生産の量に依存するという大きな課題を抱えていました。長期的に見ても需要量が減っていき、レタスの価格が低下していく分を、個々の農家ではその翌年の生産量の拡大で賄おうとします。需要量が減って、モノが余っていくのに、農家が生活を安定させるためにますます生産量を増やしていってしまうといういびつな構造があるということです。
また、労働集約型の農業であるが故に、外国人の労働者をたくさん確保しなければいけないという点もこの問題を助長していました。生産のピークを迎える時期には、外国人労働者の労働力は貴重な戦力になります。
しかし農業という業種には、一年を通して一定の仕事量があるわけではなく、栽培に適さない「農閑期」と呼ばれる期間があります。一度外国人労働者を抱えてしまうと、その期間におけるコストを抑えるために、本来は農閑期であったはずの時期にもさらに生産を増やそうとしてしまいます。
私はこの現地の問題に対して、いわゆる減反政策などに代表されるような、計画的に生産をコントロールしていくというタイプの施策には未来がないと感じました。問題は、まさにモノカルチャーのレタスの栽培でしかお金を稼げていないことにあります。そこで、この村に他の産業を新しく創っていくことで、相対的にレタスに対する依存度を落としていこうということを策として掲げました。