息を引き取った父の顔は、安らかで優しかった
がんと診断されてわずか1カ月後、正彌さんはそのまま病院で最期を迎えた。
「父は意識が遠のきながらも家族の声に目を開け、手を声のほうに差し出そうとしていました。少しずつ心臓が動きをゆるめ、心拍数が毎分30回ほどに落ちているのに『もう少しで妹がくるよ』と声をかけると、それから1時間、心臓は動きを止めませんでした」
正彌さんの妹が到着し、声をかけた途端、正彌さんは大きな息を吐いた。泣き顔のように顔をゆがめて、両眼から涙が流れたという。
「筋肉の収縮により起こったといわれればそうかもしれませんが、私には父が別れがつらくて泣いたのではないかと感じられました。でも息を引き取った父は、安らかな優しい顔でした。在宅でも病院でも最期ができるだけ苦痛なく、穏やかであることが大切だと思います」
肛門から便が出るのを喜べなければ務まらない
患者本人が家でラクに過ごせるように、そして最後まで自分のやりたいことがかなえられるように、また家族が疲労してしまわないように、在宅で過ごすための支援をしたいと小畑さんは思った。開設した訪問看護ステーション「ひかり」は、今年で10年目を迎える。
訪問看護には「寄り添ってぎゅっと抱きしめる」ようなきれいな仕事はあまりない。オムツ交換はもちろん、寝たきりの患者の便を出す業務もある。小畑さんや、同ステーションの若い看護師が患者の肛門に指を入れて刺激し、便を出す現場を見た。
1週間分たまっているときなどは、1回や2回、肛門を刺激しただけではすんなり出ないこともある。オムツを何枚か重ねて広めに敷き、何回も患者の肛門に指を突っ込んで便を出す。便は少しずつ出るから、室内に便の臭いが充満していく。看護師の顔から汗がしたたり落ちる。
そしてたくさんの便が出たときに、「出た!」と家族と一緒に喜べる人でないとこの仕事は務まらない。見た目は全く美しい光景ではないが、患者や家族には心から感謝されているのが印象的だった。