多くの人は「もし死ぬなら、家で死にたい」と回答する。しかし本人がそう望んだとしても、それが本人や家族にとって望ましい結果になるとは限らない。40代で亡くなったある女性のケースをリポートする――。(第4回)
千鶴子さんが生前に飼っていた猫。母親には「私が死んだら引き取ってほしい」と頼んでいた。
千鶴子さんが生前に飼っていた猫。母親には「私が死んだら引き取ってほしい」と頼んでいた。

27歳の時に「膠原病」と診断された

2014年10月7日、松本千鶴子さんは17年におよぶ闘病生活を経て、自宅で亡くなった。44歳だった。

母親である桜井けい子さんは、「病気の人を家で看るのは本当に大変」と強い口調で話す。

「お医者さんは立ち会えず、訪問看護師さんもすぐ来られない。そういった状況で死の間際に娘が血を吐いたり、いろんなことがあったら素人はどう対処したらいいかわからないですよ。娘が希望したから最期は自宅で看取りました。でも、本人も家族も救われない。後悔することのほうが多かったと思います」

千鶴子さんは27歳の時に、「膠原病こうげんびょう」と診断された。

「盲腸の手術後に、顔がすごく腫れたんです。先生はおたふくじゃないかと言っていて、でも入院中に検査してもわからない。退院してからさまざまな検査を受け、そこで膠原病と診断されました」(母・けい子さん)

膠原病は、病原体などから体を守る“免疫システムの誤作動”により、自分の体を攻撃してしまう病気。関節リウマチをはじめさまざまな病気が膠原病には含まれるが、千鶴子さんは難病と指定される病だったという。治療にはステロイドを中心とした免疫を抑える薬が用いられる。

医師は「助かると思いませんでした」と伝えた

3年前に結婚していた千鶴子さんの夫に、けい子さんは娘の病名を告げ、「こちら(実家)で引き取ります」と伝えると、夫は「ぼくが一生面倒みます」ときっぱりした口調で応えた。

周囲の心配をよそに、その後も千鶴子さんは変わらない日常を送ることができた。娘の元気な姿に、母親のけい子さんは診断が間違っていたのではないかと思うほどだった。しかし、6年ほど経過した30代半ば、あるきっかけで病状が悪化してしまった。

千鶴子さんが飼い始めたばかりの猫に噛まれてしまったのだ。すると傷口がみるみる膨れ上がった。慌てて病院に駆け込む。病院に着くと同時に容体は急激に悪化し、「敗血症」を発症。医師からは「99.9%助からない。覚悟してください」と言われた。

次々にたくさんの薬が投与された。奇跡的に一命をとりとめたが、医師の表情は暗かった。「助かると思いませんでした」と、複雑な表情をする。

「どの薬が効いたかわからないほど薬を使ってしまいました。正直に言って5年生存率は50%でしょう」