「長男である弟に任せたい」と常日頃から言っていた

鈴子さんも、自分の体の状態がどんどん悪くなっていることには気づいていた。医師がきて輸血をすると、「今日、こんなことをして……」と知賀子さんに知らせてきて顔色をうかがう。でも知賀子さんは弟(長男)に固く口止めされていたために言えなかった。

小平鈴子さんの白血病が判明しての緊急入院。このときは医師から「帰宅できない」と言われた。
鈴子さんの白血病が判明しての緊急入院。このときは医師から「帰宅できない」と言われた。

「輸血」という処置にも、知賀子さんは迷いがあった。白血病は正常な血液細胞が減少していくため、輸血をすれば、母は「ラクになった」と言う。しかし、「足りないものを入れる」という対症療法であって、輸血によって病が治ることはない。医療の現場では血液不足も指摘されるなか、治る見込みのない高齢の白血病患者である母に、輸血治療を行い続けるのは「延命」にあたるのではないかと悩んだ。

本当のことを説明し、本人の考えを聞きたい。だが、母が重視した「長男の考え」を優先するしかなかった。

「母はさまざまな事案について『長男である弟に任せたい』と常日頃から言っていました。病になっても内心そう思っていることがわかるから、私も姉(長女)も黙るしかない。けれど一方で、本当は母はこういうケアをしてほしかった、というのが娘の私にはわかる。だから母も身の回りのことは、長男夫婦より私に頼ってくる。在宅の進め方としては後悔ばかりですが、それも母が生前に長男長男とかわいがってきたから仕方ないって、自分に言い聞かせているんです」

4年が経っても、母の笑顔より苦しんだ顔ばかりが浮かぶ

病院の変更も、訪問医の変更も、長男に許可してもらえないため叶わなかった。実は訪問医は、白血病患者を一度も診たことがない、老衰や認知症の患者の看取りばかりやってきた医者だったのだ。それを知ったのは母の死後だった。

「自宅で白血病の緩和ができず、母をラクにさせてあげられませんでした。それでも母にとっては自分が望んだ場所だからよかったんだと思いますが、私にとっては4年経った今も、母の笑顔より苦しんだ顔ばかりが浮かぶんです。病院で看取った人と、自宅で看取った人の違いは『真の苦しみ』を見ているかどうかの差ではないかと思います」

在宅死は「オーダーメイドができる」のが長所でも短所でもある。病気のことも死についても自ら勉強しなければならないが、言い換えれば、すべてを本人や家族が選択できる。本来は訪問医も看護師も、ヘルパーも、納得がいかなければ変えたっていいのだ。

「自分の中で死がすごく現実化した」と知賀子さんは言う。

「身内は父をはじめ突然死の人が多かったから、苦しむ顔も見ていないし、単に“長い間、会っていないだけ”という感覚になってしまいそうになる。それが母を家で看取ったことで、死ぬってこういうことなんだって母に教えられた気がします」