死を「意識する」ことで、これからの人生を豊かにする

実は知賀子さんは葬儀社を営んでいる。そこで死について語り合う少人数の「デスカフェ」を時折開催してきた。

知賀子さんが母の在宅看取りをスタートしてから初めて開いた「デスカフェ」の模様。
知賀子さんが母の在宅看取りをスタートしてから初めて開いた「デスカフェ」の模様。

2011年ごろから欧米を中心に広まり始めた「デスカフェ」は、現在およそ40カ国で開かれているといわれ、日本でも開催される場が少しずつ増えている。死を忌み嫌って「目を背ける」のではなく、むしろ「意識する」ことでこれからの人生を豊かに生きようという狙いがある。

コロナ発生前の時期、私も知賀子さん主催のデスカフェに参加した。

「死を意識したことがあるか」という問いには参加者からさまざまな声が上がった。

「自分ががんになった時、死にたくないって。生きて子供の成長を見続けたい、と願いました」
「夫が白血病です。長期間、高い治療費を払い続けることに、“命の値段”を考える」
「勤務先の社長が亡くなった時、初めて死を意識しました。息子と二人暮らしだから、もし自分が死んだらどうしようって」

ある女性は、母親が吐血しながら死んでいった様子を皆の前で語り、「私一人で看取ってしまったことが重かった。誰かに話したかった」と涙をぬぐっていた。このように、誰かの死を消化できず、吐き出せる場を求めてくる人もいる。

「希望の死に場所」を聞くと意見が分かれる

この日の最終テーマは「最後はどう逝きたいか」であった。

「大切な人に『ありがとう』と伝えたい」
「死ぬ直前に『いい人生だった』と思える自分でありたい」

など、周囲への感謝や満足感を大事にする姿勢は多くの人に共通している。一方で、

「家族に迷惑をかけたくないから、緩和ケア病棟や老人ホームで逝きたい」
「やっぱり自宅で過ごしたい」
「自然の中で一人でひっそり」

など、“希望の死に場所”は意見が分かれた。知賀子さんは「他の人の考えを聞きつつ、それぞれが答えを見つけることが大切」と話す。

「最期を過ごす場所」や「残り時間を共に分かち合いたい人」「周囲に遺したい言葉」を突き詰めていくと、満足のいく死に方につながっていくのかもしれない。(続く。第4回は10月7日11時公開予定)

【関連記事】
【第1回】「最期は家に帰りたい」6年間のがん闘病の末に帰宅した70歳女性は、家族に囲まれ、笑顔で逝った
【第2回】「"家で死にたい"という母の願いをかなえられた」2カ月の介護を振り返って次男が涙するワケ
「お金が貯まらない人の玄関先でよく見かける」1億円貯まる人は絶対に置かない"あるもの"
「仕事やお金を失ってもやめられない」性欲の強さと関係なく発症する"セックス依存症"の怖さ
「円周率とは何か」と聞かれて「3.14です」は大間違いである