「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」は孫正義氏が若手起業家を支援するために立ち上げた投資会社だ。投資先はいずれも成長途上の企業ばかり。孫会長は出資を決めるとき、相手のどこをチェックしているのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが書く――。

※本稿は、野地秩嘉『あなたの心に火をつける超一流たちの「決断の瞬間」ストーリー』(ワニブックスPLUS新書)の一部を再編集したものです。

決算発表後、オンライン記者会見に臨むソフトバンクグループの孫正義会長兼社長=2021年2月8日、東京都港区
写真=時事通信フォト
決算発表後、オンライン記者会見に臨むソフトバンクグループの孫正義会長兼社長=2021年2月8日、東京都港区

「お金はただの道具にすぎない」

ソフトバンクグループの2021年3月期決算は純利益が約5兆円となり、国内企業としては過去最高の数字となった。5兆円という金額は自動車会社で言えばマツダ、スバルの年間売り上げよりも大きい。また、出版業の国内市場規模は約1.5兆円だ。報道しているマスコミが鉢巻き締めて頑張って雑誌や本を売りまくっても同グループの利益にぜんぜん届かない。あきれてしまう金額なのである。

しかし、会長兼社長の孫正義は決算会見で「どれだけ株を持っているとか、どれだけ利益を出したというのはただの一時的な現象」と話し、「まだまだ物語は続く」と述べた。

また、決定的にAI革命から遅れをとってしまっている日本の現状について、「デジタルトランスフォーメーション(DX)は当然、もはや世界の最先端はさらにその上のAI革命で競争している」と憂いた。

彼は大金持ちの子どもに生まれたわけではない。ゼロからスタートして過去最高額の利益を上げた男の決断の瞬間とは何だろうか。

「革命的な若者たちを応援し、情報革命を追い求めています」

彼はこう言っている。

「(坂本龍馬は)大局を捉えて『事を成す』というところから逆算してものを考えている。龍馬さんは、まさしく大事業であった明治維新を成そうとする事業家だったわけです。(略)龍馬さんにとっての明治維新は我々の業界では情報革命に当たると思います。

情報革命は世界中の人々から少しでも悲しみを減らし、喜びや幸せを増やすことになるのではないか。そう考えて、僕は世界中の革命的な若者たちを応援し、情報革命を追い求めています」

彼はアリババ集団(グループ)のジャック・マーを始めとする革命的な事業をやっている若者を応援してきたし、今もしている。そのときにストーリーテラーの本領が発揮されている。また、自らは投資会社を経営する事業家としてグループ全体を指揮する。そのことを理解しておかないと、彼が情報革命にまい進している真の姿を捉えることはできない。

「ウィンドウズ95」の15年前にソフトの卸売を始める

アメリカ留学から戻った孫正義は1981年、日本ソフトバンクを設立し、パソコン用パッケージソフトの卸売を始めた。マイクロソフトが、インターネット接続が容易になるOS「ウィンドウズ95」を出す15年も前の話である。

その頃、パソコンのことを「電子そろばん」と言っていた人は少なくなかった。コンピュータ、イコール、数字の計算をするためだけの機械というのが一般の認識だったのである。

なにしろ、パソコンの普及率は87年で11.7%にすぎなかった。孫がパソコンソフトを売り始めたのはそれよりも6年も前だ。なお、87年以前の日本ではパソコン普及率の調査自体がちゃんと行われていなかったのである。