スキルはつけるものではなく、気づくもの

【楠木】為末さんと話をしていると、アスリートの世界にいながらあんまりアスリート的じゃない面がありますよね。価値基準を記録とか相手との勝負ではなく、自分の中に持っていこうというところがある。

【山口】与えられた競技やルールを所与のものとして、その中でひたすら頑張るのではなく、自分にとって有利な競技やルール、「勝てる場所」を見つけにいくことを頑張るという発想ですね。

【楠木】どの軸で勝負するかというのを自分で選んでいるということですよね。

【山口】そこなんです。話を聞いていると、彼はハードルのことは全然好きじゃないんですよね。ここが面白いところで、とても戦略的なんです。

【楠木】僕が彼と会って話したときの印象では、ハードルという競技そのものよりも、自分に固有の才能というか、才能を自己発見していくプロセスに思い入れがある。これって、才能というもののひとつの本質を突いていると思うんですよ。

才能というのは自分であとから気づくもの。つまり、さっきの話でいう事後性が高い。スキルの場合は事前に自らが意図して「こういうスキルをつけよう。だからこういう方法をとって」となるのに対して、センスとか才能というのは「自分にこんな才能があったんだ」ってある瞬間に気づくという面があると思うんですよ。

為末さんが子どものころに、走っていたら犬より速くって「俺、足が速いのかなと思った」というのを聞いて、いい話だなと思ったんですけど。

【山口】才能やセンスは自分にとって「できて当たり前」のことなんで、きっかけがないと「それが他人にとってはできないことなんだ」ということになかなか気づかないんです。その人のいちばんスゴイところほど、自分にとっては当たり前のことで、言語化したことすらないようなことですよね。

ユニクロ創業者が経営の才能に気づいた瞬間

【楠木】あとね、柳井正さんのエピソードで好きなのがあるんです。お父様がやっていた紳士服屋を任されたとき、柳井さんは要するに創業家の二世ですから、自分の好き勝手にやろうとしたら、それまでいた従業員たちがみんな嫌になっちゃって6、7人いたうちの1人を残して全員辞めてしまった。

ユニクロの新店舗
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それで仕方がないので自分で接客も買いつけも経理も採用もすべての業務を一人でやらなきゃいけなくなった。もともと経営というのは「担当がない」仕事ですね。そこに「経営者」と「担当者」の違いがある。

商売の丸ごとすべてを相手にする経営者の仕事を余儀なくされて、やってみたらどんどん成果が出る。そこで初めて「あ、オレは経営が向いているのかもしれない」と気づいたというんですね。

それまでご自身は商売が嫌いで向いていないと思っていたらしいんですけど。そういう意味での、事前に計画どころか自己認識や自己評価もできないという面がセンスにはあると思うんですよね。

【山口】そうですね。それは私も思うところがあって、まず事前に思っている自分の強みはだいたい外れているものです。

【楠木】ですよね。