数十万人が解約したら大損だが…

ネットフリックスの休止状態のアカウントは世界で数十万人にもなるという。本来、その全員に解約されたらネットフリックスは大損のはずである。にもかかわらず同社は、今後も同様の取り組みを実施していく方針という。なぜわざわざ自社の利益につながる幽霊会員を退会させようとするのだろうか。

ネット上ではネットフリックスのこの取り組みについて、さまざまな憶測がなされている。一例を挙げれば、「幽霊会員の存在がサービスの低下につながるから」といった意見がある。どういうことか。

まず、幽霊会員が何もせずに会費を支払う面だけを捉えれば事業者(ネットフリックス)の利益につながるが、そのようなユーザーが増えれば、「こちらが何もしなくともお金を払ってもらえる」という感覚が生まれる。すると、サービス改善への意欲が薄れて、競争力が低下してしまう。ネットフリックスはそれを避けるために、サービスの健全性を守ろうとしたと考えるのだ。

幽霊会員の増加が、サービス向上という視点でマイナスの影響をもたらす可能性は、たしかにあるかもしれない。しかし、もしそうした考え方が一般化できるなら、ネットフリックス以外の映像配信事業者も同じように、幽霊会員に退会を促すはずである。

だが、実際はそうはなっていない。むしろ多くのコンテンツ配信事業者は、利用せず会費だけを払っているユーザーが一定数おり、その存在が自らの利益に貢献してくれることを見込んだ上で、サービス全体を設計しているように思われる。

利用者をできるだけ長く留め置くことが重視されてきたが…

コンテンツマーケティングの世界は、かつての「パッケージ商品を一度売って終わり」の売り切り時代が終わり、ネットを経由したダウンロード販売や期間定額制で見放題、聞き放題のサブスクリプションモデルに移行している。ネットフリックスは後者の代表であるが、本稿ではそうしたビジネスモデルを「X放題」と呼ぶ。

X放題のマーケティングは「誘導する」「囲い込む」「継続させる」「離脱させない」という4つのステップで構成される。そこでは利用者を自社のプラットフォームに、できるだけ長期間留め置くことが重視される。

第1段階である誘客では、コンテンツの魅力でユーザーを誘引する、パッケージ販売時代以来の「一本釣り」スタイルが主流である。売り手は他にない独自コンテンツの価値や差異を買い手に訴求し、その価値を認めた買い手が気に入ったコンテンツを求めてプラットフォームに集まってくる。

「 X 放題」で集客するサブスクリプションは コンテキスト、すなわち体験価値で集客している
図版=Screenless Media Lab.

コンテンツ頼みのマーケティングは限界にきている

近年は個々の顧客の購買行動をデータ化し、各人の嗜好を分析した上で、それに合うコンテンツを顧客一人ひとりに選定・リコメンドしていくことが一般的になってきた。それは誘客と同時に囲い込みのための武器でもある。

パーソナライズされたマーケティングによってユーザーのコンテンツ選択の手間を省き、好みのコンテンツを視聴させて顧客満足度を高めることで、自社のプラットフォームに囲い込むのである。

しかし、購買において情報収集の努力をせず、同種の商品やサービスの差異に関心を持たない、消費者の「無関心化」傾向が顕著になってきたことで、このようなコンテンツ頼りのマーケティングは今、限界に突き当たっている。

個々のコンテンツの優位性をいくらアピールしても、その違いに関心を持たなくては顧客への訴求は無意味になってしまう。