「メディア体験を無制限にできる」という期待
こうした無関心化傾向にもある程度対応してきたのが、ネットフリックスなどのコンテンツ配信系サブスクリプションである。
サブスクリプション事業者が顧客に訴求しているのは、個々のコンテンツの魅力や未知の体験ではない。彼らがユーザーを引き寄せようとする餌は、音楽を聞いて感動する、映画を見て感動するといった過去に経験した「メディア体験」を「無制限にできる」という期待感なのだ。
なおここでいうメディア体験とは、映画なら映画、音楽なら音楽という個別のコンテンツを楽しむ「コンテンツ体験」とは異なる概念である。
メディア体験は、特定ジャンルのコンテンツをユーザーに提供するプラットフォームを「メディア」と捉え、そこで顧客がトータルに得る体験を指す。
無関心化した消費者にとっては、例えば映画なら「自分にとってどの映画がおもしろいか」がよく分からず、プラットフォーム内に好みの映画があるかどうかも分からない。とはいえ、何か映画が見たいときにユーザーは、「このメディアであれば自分の欲求をかなえてくれる」と期待して、サブスクリプションに加入している。
無関心な消費者を満足させ続けることは難しい
その意味では、個々のコンテンツの差異に無関心化した消費者といえども、メディア体験にはなお期待を残していると言える。
ネットフリックスやスポティファイといったX放題のビジネスモデルは、こうした「無関心化した消費者」の特性を捉えて発展してきたと言えるだろう。
しかしX放題といえども、無関心な消費者を満足させ続けることは難しい。
自らコンテンツを選択できないユーザーにとって、メディアに期待する「無制限体験」を自分で実現することは困難だ。アクセス可能なコンテンツがいくらあろうと、その中からひとつを選べなければ、無制限体験どころか、ただ1回の体験もできない。
そこで事業者は、自ら選択する意欲を持たないユーザーの期待を、フリクションレス(手間いらず)で満たすため、メディア側からのリコメンドを通じて「選ばせる契機」を与え続けようとしている。
まずX放題各社はオリジナル大作を製作し、それを独占配信することでユーザーを自社サービスに囲い込もうとしてきた。彼らは無関心化したユーザーに対しても、オリジナル作品をリコメンドすることで視聴の契機を提供しようとしている。