だがこれではX放題といっても、実態は有料オリジナル作品配信サービスと変わらない。映像配信サブスクリプション事業者は、無制限体験の代わりに最低限のコンテンツ体験をユーザーに提供することで、かろうじてサービスの価値を維持してきたのである。

業界全体が1人の顧客を失ってしまう

映像配信サブスクリプションは同業他社とだけ競合しているのではない。常にテレビ放送やネット上の無料動画との間でも、ユーザーの限られた視聴時間を奪い合っている。

こうした状況の下で、サブスクリプションに加入したユーザーがコンテンツに失望した場合、そのコンテンツのみならず、映像配信というメディア体験そのものへの期待まで失われてしまう可能性がある。これを「メディア体験の毀損きそん」と呼ぼう。

「映像配信ってたいしておもしろくないのにお金を取られるから、もうYouTubeでいいや」となれば、業界全体が1人の顧客を失ってしまうのである。

ソファに座り、タブレット端末でアニメを見る少女
写真=iStock.com/SeventyFour
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昨今はサブスクリプション各社の差異が小さくなっており、同質化していると言ってもいいだろう。

しかし見方を変えれば、テレビやYouTubeといった共通のライバルの存在と競合する中で、全体として映像配信サブスクリプション各社は、一種の共生圏を形成しつつあると解釈できる。それは複数の事業者が「配信された映像コンテンツを無制限に視聴できる」という、同一のメディア体験を提供する共生圏である。

この現象はあたかもテレビ放送において競合する局同士が、全体としてひとつの共生圏を形成している構図に似ている。

サービスに飽きても、コンテンツに飽きてほしくない

映像配信サブスクリプションでは、どのプラットフォーマーも独自企画のオリジナル作品を製作しているが、資金面の制約もあり、それだけでユーザーを満足させ続けることはすでに困難だ。

ひとつの事業者が提供するプラットフォームの中でコンテンツに飽きたユーザーは、新たなコンテンツを求めてそのサービスを解約し、別のプラットフォームに乗り換える。それは地上波テレビの視聴者が、ひとつの局の番組に飽きても、テレビを切るのではなく他局にチャネルを切り替えて視聴を続けるようなものだ。

鳥瞰的な視点から見れば、ユーザーが別のサブスクに乗り換える事は、映像配信サブスクリプションの共生圏内をぐるぐる回遊しているにすぎない。われわれはそのような状態を「カスタマー・サーキット」と呼んでいる。

カスタマー・サーキットは競合による共生の戦略
図版=Screenless Media Lab.