最先端の科学では人間の脳=こころの謎が次々明らかになってきている。作家の橘玲氏は「もっとも有名な心理学の実験のひとつである『恋の吊り橋実験』にも再現性はない」という──。

※本稿は、橘玲『スピリチュアルズ「わたし」の謎』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。

若い女性は吊り橋の上の森にボーイフレンドを導く
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どきどきした感じを、脳が恋のときめきと勘違い?

心理学を勉強したことのあるひとは、情動の錯誤帰属の例として「恋の吊り橋実験」を聞いたことがあるかもしれない。心理学のもっとも有名な実験のひとつで、1974年にカナダの心理学者によって行なわれた。

被験者は18歳から35歳までの独身男性で、ランダムに2組に分けられて揺れる吊り橋とコンクリートの丈夫な橋を渡った。橋の中央では魅力的な若い女性が待っていて、「私は心理学を勉強している大学院生です。調査に協力してもらえませんか」と声をかけられる。

被験者の男性がOKして簡単な心理テストに答えると、「結果を詳しく聞きたければ電話してください」と電話番号を書いた紙を渡される。

すると、揺れる吊り橋を渡った男性は(電話番号の紙を受け取った)18人中9人が電話をかけたのに対し、コンクリートの橋では電話したのは16人中わずか2人だけだった。なぜなら、揺れる吊り橋の上でのどきどきした感じを、脳が恋のときめきと勘違いしたから──。

この実験はものすごく印象的だし、デートの場所としてジェットコースターやホラー映画が人気がある理由をうまく説明するので、恋愛の心理学では頻繁に紹介されている。だがその後、「この実験手法では結果を一般化できないのではないか」との批判が出てきた。──被験者になった独身男性がランダムサンプリングされていない(吊り橋のある国立公園にいた独身男性に声をかけた)とか、電話することと「ときめき(恋愛感情)」は別だ、などが指摘されている。