有名な心理実験に次々と疑問符

だがいちばんの問題は、「魅力的な」女性でないと効果がないことだ。その後の実験で、「魅力的でない」女性から声をかけられるとこうした帰属エラーは起こらず、逆に不快感が強まることがわかった。「どきどき感」を好意に帰属させることができず、「なんでこんな質問に答えなければならないんだ」という気持ちに帰属させてしまうらしい(※1)

これが心理学における「再現性問題」で、パワーポーズ(両手を腰に当て胸を張るとホルモンが出て自信がみなぎる)、表情のフィードバック(口にペンをくわえると笑顔になり気分も幸せになる)、視線による抑止効果(目を描いて監視するポスターを見たひとは誠実に振る舞う)など、誰もが知っている有名な心理実験に最近では次々と疑問符がつけられている。

その多くは、「恋の吊り橋実験」と同様に、現在の心理実験の基準を満たしていないとか、同じ状況で再現してみても統計的な有意性が観察できないとか、別の説明が可能で因果関係が証明されたわけではない、というものだ(※2)。──再現性がないからといって実験結果が否定されたわけではないことに留意されたい。

これから紹介する心理実験のなかにも「再現性問題」が指摘されているものがあるので、ここで簡単に検討しておこう。

※1 越智啓太『恋愛の科学 出会いと別れをめぐる心理学』実務教育出版
※2「心理学実験、再現できず信頼揺らぐ学界に見直す動き」日本経済新聞2019年12月14日

マシュマロ・テストやスタンフォード監獄実験まで……

マシュマロ・テストは1960年代後半から70年代前半にかけて心理学者ウォルター・ミシェルが行なったもので、「人間行動に関するもっとも成功した実験のうちのひとつ」とされている。

ミシェルは、保育園に通う4歳から5歳の子どもに、目の前にあるマシュマロをすぐに食べるか、20分がまんしてもうひとつマシュマロをもらうかを選ばせた。

キャンプでマシュマロを食べる女の子
写真=iStock.com/kohei_hara
※写真はイメージです

その後、30年以上にわたって実験に参加した子どもたちを追跡調査したところ、マシュマロをがまんできた子どもは学校の成績がよく、健康で(肥満指数が大幅に低かった)、犯罪などにかかわることが少なく、大学卒業後の収入が高かった(※3)

この実験は、ビッグファイブの特性のひとつである「堅実性(自制心)」が高いと社会的・経済的に成功できることと、それが(ある程度)幼児期に決まっていることを示して、教育熱心な親たちに衝撃を与えた。

だがこれも、2018年の再現実験では当初のような大きな効果は確認できず、「生まれ育った家庭環境の影響の方が重要」とされた(※4)

さらに大きな議論を呼んだのは心理学者フィリップ・ジンバルドーの「スタンフォード監獄実験」で、刑務所を舞台に、被験者の大学生を「看守役」と「囚人役」に割り振ったところ、わずか数日で看守役がきわめて暴力的になり、錯乱する囚人役も出たため実験を中止せざるを得なくなった(※5)

ところがその後、実験者が看守役に対してもっと荒々しくふるまうよう指示している録音テープが公開されたり、当時の参加者が「看守役は退屈で毎日ぶらぶら歩きまわっていた」「実験に協力するために、映画『暴力脱獄』を思い出して囚人たちを苦しめる演技をした」などの証言をするようになった。

2002年にBBCと共同で行なわれた実験でも、「(ふつうのひとが“悪魔”に変わる)ルシファー・エフェクト」は再現できなかった。

※3 ウォルター・ミシェル『マシュマロ・テスト 成功する子・しない子』ハヤカワ文庫NF
※4 Tyler W. Watts, Greg J. Duncan and Haonan Quan(2018)Revisiting the Marshmallow Test: A Conceptual Replication Investigating Links Between Early Delay of Gratification and Later Outcomes, Psychological Science
※5 フィリップ・ジンバルドー『ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき』(海と月社)。ドイツ映画『es[エス]』、それをリメイクした『エクスペリメント』、ジンバルドーを主人公にした『プリズン・エクスペリメント』など映画化もされている。