ある会社のケース:取引先の離反と古参社員の反乱

「社長の死」という危機は、いつ訪れるか、誰にもわからない。ある水産業の会社では、優秀な社長の下で、確固たる経営が展開されていた。将来の後継者とされた次男も呼び戻されて、「これでさらなる成長を」と決意を新たにされていた。

されど、不幸はノックもせずに人生に立ち入ってくる。社長は、急病により60歳で亡くなった。それから次男にとって、修羅の道がはじまった。

次男は自社に呼び戻されていたものの、経営についてまったく教わっていなかった。また、先代に人望があったため、周囲の人も突然の不幸に同情し、自分を支援してくれるだろうと安易に考えていた。しかし、その期待は見事に裏切られることになる。

オーナー企業の売上というのは、社長個人の信用によって生み出されている。「あの社長のところから買おう」という意識だ。前触れもなく代替わりが発生すると、「あの後継者で大丈夫だろうか」という疑念が取引先に生まれてしまう。

法律論よりも後継者としての覚悟が必要な時もある

このケースでも、当初は「後継者を支援しよう」と取引を継続してくれていた会社の中に、要を得ない次男の対応に「取引中止」という判断をするところが出てきた。

しかも、自社内部も混乱した。古参社員の一部は、次男に対して平然と「自分に経営を任せろ」と言い出した。実績もない後継者の下で働くことが、プライドとして許せなかったのだろう。先代の妻が「息子に協力してほしい」と懇願しても、相手にされなかった。

社内に相談先のない次男は、母親とともに私の事務所に来所された。私は「そこまで会社の方針に合わないのであれば、(古参社員には)退職してもらうしかない。これは法律論よりも後継者としての覚悟です」と淡々と回答した。どこかで覚悟していたことではあるが、不安で言葉にできなかったことを弁護士に明確に伝えられて、次男は驚かれていた。

しかし、それからの次男は立派だった。次男は自分の言葉で古参社員に退職を勧めた。もちろん反発を受けたものの、なんとか金銭的に解決できた。そのとき、はじめて「自分の会社」になった。

このような突然の混乱に至らないために、社長は、自分のなかに「時間軸」を持って事業承継に取り組んでいかなければならない。