本件でも、親族から会社に自社株の買い取り請求がなされた。供託する額は、会社の純資産及び譲渡対象となる株式数などから算定される。会社は、相当な現金をあわてて用意せざるを得なくなり、事業にも影響が出てしまった。その後の交渉では、買取価格について合意できなかった。

最終的には、裁判所の手続のなかで買取価格について合意して解決したが、会社としては、あまりにも大きな負担となってしまった。

「節税対策だけ」「自社株対策だけ」はNG

ポイント② 会社と個人の「バランス」にこだわる

事業承継においては、判断をするべき事項が多数にわたるがゆえに、バランスを意識して展開していかなければならない。「節税対策だけ」「自社株対策だけ」というのでは、安定した事業承継にはならず、別の問題を引き起こすことになりかねない。

オーナー企業において、とくに重要なのは「会社と個人のバランスをいかにとるか」ということだ。オーナー企業は、会社と社長が法律的には別の主体でありながら、「自社株保有」という事実を通じて、経済的に一体化しているところに特徴がある。事業承継を検討する場合には、会社と個人の全体を見ながら、対策を検討していかなければならない。

動揺するビジネスマン
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たとえば、ある財産を会社で保有するか、個人で保有するかは、オーナーの判断ひとつで決めることができる。会社で保有すれば、自社株の評価に影響する。個人で保有すれば、相続に影響してくる。法人と個人のいずれの名義で資産を保有するかによって、事業承継において検討するべき内容が変わってくる。

事業承継をきっかけに、法人と個人の財産について、そこに自分なりの戦略があるのか、見直していただきたい。検討の手順としては、会社から社長個人に対するキャッシュの動かし方から考えていくとわかりやすい。

オーナー自身の老後の個人資産を確保する

オーナー企業の社長は、個人資産を戦略的に形成しておかなければならない。社長は、事業についてすべて責任を負っている。予想しない事態で事業が傾けば、個人資産を会社に投入しなければならない。

個人資産は、事業を維持するための切り札となる。また、金融機関は、会社の資産のみならず、連帯保証人である社長個人の資産も一体のものとして、与信を判断していく。

時代の潮流として、連帯保証人の責任を軽減する方向に向かっているものの、社長が連帯保証人になることは、会社と個人が経済的に一体化しているオーナー企業においては、これからも求められるであろう。

さらに社長は、年金もあまり期待できない。経営から離れれば、個人資産を取り崩しながら暮らしていくことになる。医療の発達で寿命が長くなれば、生活費や介護費用の負担も自ずと増えてくる。財源が心もとないなかで暮らしていきたくはないであろう。豊かな老後の時間を過ごすためにも、個人資産が必要になってくる。