相続放棄されるのを阻止するために
父親の訴えを聞くと、あながち嘘をついているようには思えませんでした。
迷惑をかけたことは分かっているけれど、本当に支払う余裕がないといった空気は伝わってきました。
ここで押したら、絶対に相続放棄されてしまう……そう思った私は、あらかじめ家主とすり合せをしてあったので「払えない」という意向を受け入れることにしました。
「お気持ちは分かりました。先ほど本来であれば、とお伝えしたと思います。家主もお支払いいただきたいと思っているところですが、そのようなご事情がおありであれば、致し方ありません。その代わり、お部屋の荷物の撤去をお願いできますか?」
私はそう言いながら、賃貸借契約の解約書面を出しました。
申し訳なさそうに、両親は解約の書面にサインをしてくれました。
お金の要求がなくなった、ということでホッとしたのか、入居者のことを少しずつ話しだしてくれました。
娘は中学から年齢を偽ってアルバイトをしていた
私たちにお金がないから、娘は学生時代から部活もせずにずっとアルバイトをして、そのお金を家に入れてくれていたんです。大学だって全額奨学金を借りて、自分でバイトもして。友達と遊ぶ余裕なんて、なかったと思います。青春って言うけど、娘の場合はずっと働いてばっかりですね。楽しいことなんかあったのでしょうか。
親としては情けない限りです。
都会に行きたいって、ここじゃ仕事もあんまりないし給料も安いからって、それで東京の会社に就職して、部屋を借りたんです。
アパートだけど、東京の家賃は高いって言っていました。
給料から6万円の家賃と奨学金を返済したら、手元に7万円くらいしか残らないって言っていましたよ。
娘は物心ついたときから、ずっとお金で苦労している感じです。私たちに甲斐性がないから可哀そうでしたが、私たちも学がないので仕方がないんです。だから娘は必死に大学に行ったのでしょう。
ただ中学から年齢を偽ってアルバイトをしていたくらいですからね。学力的にはいわゆる偏差値のいいと言われる大学には進学できませんよね。そうなると必然的に働くところだって、そんなにいい給料がもらえるようなところには就職できません。
ちょうど4月の半ばだったかな、頑張り屋なのにしんどいって言ってきたんです。私たちが助けてやれたらいいのですが、「父さんたちもしんどいわ」っていつもの調子で言ったんですよ。
そしたら明るい声で、「だよね、一緒に頑張ろうね」って。
頼れないって、辛かったでしょうね……。
娘は小さな会社の事務をしていました。コロナで自宅で仕事をしているようでしたが、インターネットっていうんでしょうか、そのお金もかかるから苦しいって嘆いていました。
それでしばらく連絡せずにいて、次に電話をしたらもう連絡がつかなくて。
警察の人には死後5日くらいと言われました。胃の中に何も残っていなかったから、食べてなかったんじゃないかって。