そして、「わかったフリ」よりは「わからないフリ」をすることも忘れてはいけない。人間は基本的に教えたがり屋だ。教える側はハッピーになるし、教わる側の知識は増える。一石二鳥とは、まさにこのことだ。

「衰え」は技術を磨くチャンス

自分の思うように頭や身体が動かなくなったとき、人は「衰え」を感じる。もうずっと下降線なのだと、落胆してしまう人もいるかもしれない。でも、僕はそうは思わない。「衰え」は、技術を磨くチャンスだ。

物事が好転しているときに、人はわざわざそのやり方を変えようとは思わないものだ。でも、衰えてうまくいかなくなると、必死で考えなければいけなくなる。何に需要があって、何が不必要か。何を伸ばすべきで、何はあきらめるべきか。頭をフル回転させて、選択して、いいところを磨いていく作業が必要になる。だからこそ、さらなる成長が期待できるのだ。

新豊洲Brilliaランニングスタジアムにて
撮影=関健作

そしてそれは、衰えに限った話ではないと思う。人生には、いろんなアクシデントがある。たとえばケガをした場合は、痛みを覚えるだろう。「ここが痛いのはなぜだろう」「どうすれば痛くなくなるのだろう」「この痛みがある中でも、できることは何かないだろうか」と考えはじめる。同じように、何かに対して違和感があるとき、その違和感を起点にして、物事をより深く考えていけば、事態を好転させる分岐点になるかもしれない。

「衰え」も「痛み」も「違和感」もピンチではなく、チャンスなのだ。解決策を考え、優先順位をつけ、取捨選択をしていく作業は、必ず技術の向上につながる。マイナスをプラスに変えるほどの経験にもなりえる。

職業は「ツール」にすぎない

競技生活を引退するアスリートから、次にどんなキャリアを築いていくか、相談を受ける機会がよくある。そんなとき、僕は「何の仕事がしたいか」ではなく「どんなことが好きなのか」をまっさきに聞いている。その理由は、僕が「職業は好きなことを実現していくための『ツール』にすぎない」と考えているからだ。

子どもに「夢は何ですか」と聞くと、「サッカー選手」「パティシエ」「消防士」など、ほとんどの子は職業を答える。でも、夢を考えるときに本当に大事なのは、職業そのものではなく、「何をしたいのか」だと思う。たとえば「いい会社に入ること」を目標にすると、内定をもらった時点がゴールになってしまいかねない。