「決めセリフ」は考えない
『ドラゴン桜』の作中には名言がたくさん出てくるので、よく人から「どうやってそんな次々と思いつくんですか?」と訊かれたりもする。
これはちょっと意外な問いだ。作者としては、意図的に名言を散りばめているつもりはないし、「一話につき一名言を必ず盛り込まねば」などとノルマを課しているわけでもないから。
ただし、だ。「強くてシンプルなメッセージを、できるだけわかりやすいかたちで届けよう」ということは、作品をつくるときいつも考えている。
メッセージを伝えるうえで、キャラクターに名セリフをズバリ言わせるというのは有効な手法の一つ。それで私の作品には、名言らしきセリフが頻出することとなるのだ。
発信の機微が生んだ「桜木建二」という唯一無二のキャラクター
感情の揺れをもたらす何かを、ちゃんと相手に届ける。それがものづくりの基本の「キ」だと、私は考えている。質や量を問わず、まずは確実に届けることが肝要。これは漫画などの表現活動に限ったことじゃなく、あらゆる仕事に通ずる考えのはず。
こちらが伝えたいものを、きちんと相手に受け取ってもらうためには、届ける内容をかなりシンプルにするべきだ。つくり手は制作プロセスまで丸ごと知っているから、「こんなに手間暇かけたんだから、きっと良さを分かってくれる」と甘えてしまいがち。
でも受け手は、いちいちあなたの意を汲んでくれるほどヒマじゃない。誰だって目の前の自分の生活に手一杯、それが人の世の常。市場にポッと出てきた一つの商品やサービスについて、いちいち深く考えたり思いを寄せたりしてくれるはずはない。
受け手、すなわち顧客にすこしでも振り向いてもらうには、できるだけシンプルな発信を心がけるしかない。その機微を知っているからこそ、『ドラゴン桜』の主人公・桜木建二の物言いは、あのように簡潔で明快になっている。