東京で暮らすアメリカ人の子どもが、新型コロナウイルスに感染してしまった。母親はすぐに子どもを連れて病院を訪れた。
病院はすでに多くの感染者で溢れていたが、医者はすぐにその子を入院させ、薬の投与を開始した。その後、その子の体調は回復し、数週間で無事に退院することができた。病院を出る際、母親が医者に言った。
「私は治療費を払いたくありませんわ。なぜって、私はこの病院をたっぷり儲けさせたのだから」
医者は怪訝な顔をして聞いた。
「どういう意味でしょうか? 医療費はどの患者さんも同じです。私はあなたから特別に儲けさせてもらったことなどありませんよ」
すると母親が言った。
「冗談じゃありませんわ。この街でマスクもせずに遊びまわっていたのは、うちの子だけですのよ」
欧米人が抱いていたマスクへの悪印象
今回のコロナ禍以前から、日本人は風邪や花粉症の予防にマスクを使用してきましたが、そのような光景は欧米人などから「おかしい」「不可思議」などと笑いのネタにされてきました。欧米社会ではあくまでも「マスクは医療関係者や病人がするもの」であって、街で予防的に使うものではないという認識が広く共有されてきたのです。
世界的な感染症学者であるベルギー人のピーター・ピオット博士は初めて日本を訪れた際、マスクをしている日本人を見て、「パラノイア(偏執病)だと思った」と述べています。そんな博士も、今では日本のマスク文化を称賛しています。
そもそも欧米には「顔を隠すのは犯罪者」というイメージが強くあります。2017年、オーストリアは公共の場で顔を覆うベールやマスクなどの使用を禁じる「覆面禁止法」を制定。「マスクは犯罪者の道具」という理屈からでした。
さらに、欧米人がマスクに抵抗を示す背景の一つには、「相手の表情や感情がわかりにくくなるのが嫌だ」という理由もあるようです。日本人と欧米人では「顔のどこを見て相手の気持ちを読み取っているか」が異なると言われています。日本人は相手の目から感情を理解しますが、欧米人は口の動きを見るというのです。
マスクを嘲笑した欧米人の反省
例えば、日本で用いられる顔文字は、「(^_^)」「(*_*)」「(T_T)」のように、目の変化によってその感情を表します。しかし、欧米では「:-)」「:-D」「:-(」のように口元の違いで喜怒哀楽を伝えるのです。欧米で流行した「スマイルバッジ」を見ても、口元が強調されたデザインになっています。一方、日本には「目は口ほどにものを言う」という表現もあります。
つまり、欧米人にとって口元とは、他人とコミュニケーションを深める上でとりわけ大事なものなのです。日本人よりも欧米人のほうが歯並びを気にして矯正する人が多いというのも、このような背景が作用しているのかもしれません。そんな彼らにとって、口元を隠すマスクという道具は、日本人にはピンとこない抵抗感を生じさせるものなのでしょう。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって、マスクとの付き合い方も転換せざるを得ない状況に。日本のマスク文化を嘲笑していた国際社会は、ついにその態度を改めることとなりました。