大人数を抱える組織ではモチベーション維持が難儀である。とくに非レギュラー組の上級生の扱いだろう。江藤監督は春のキャンプに帯同しない上級生にも、残留組のリーダー役や試合のデータ収集など仕事と責任を与えた。「責任分担」「自己実現」である。
江藤監督は10年秋のシーズンの開会式で粋な計らいをやっている。開幕戦前の入場行進には、学生スタッフを含む非レギュラーの4年生部員にユニホームを着せて行進させたのだ。
江藤監督は目をしばたたかせる。
「僕はね、さぼらず一生懸命やってくれた4年生たちにユニホーム姿で神宮を踏ませたかったのです。お客さんがいるホンモノの開会式で。ええ。みんな喜んでくれました」
慶大野球部は「集まった集団」だと、湯本主将が強調する。“独立自尊”の精神が流れている、と。
「監督はいつも僕らを見てくれていた。だから僕は軸をぶらさないことだけを心掛けていました。結果を出すために努力すること、考える癖がつきました」
『マネジメント』にある「イノベーション」とは、組織の中ではなく、組織の外にもたらす変化である。すなわち価値観の創造。慶應野球部だけでなく、大学野球界の価値観を変革する。
10年春のリーグ戦で優勝した直後、江藤監督は読売巨人軍OB会の王貞治会長(ソフトバンク球団会長)から携帯に電話をもらった。〈おめでとう。よくやってくれた。プロとアマの壁を崩しつつあるゾ〉と。
いまだプロとアマは理不尽な関係にある。江藤監督は言う。
「プロ出身の監督がチームを勝たせることで、プロを認めてもらえるようになります。これでプロとアマの関係がだんだんよくなっていけばいい」
江藤監督は変化をおそれない。変化はチャンスという。いつもプラス思考。欠点を探すな。長所を伸ばせば欠点は消える、と指導する。
「成長する組織は変わっていくものでしょ。うるさいOBもいっぱいいます。でも勝ったら、応援してくれますよ」