師走某日の午前。慶大変貌のヒミツを聞くため、横浜市日吉の野球部グラウンドを訪ねた。真っ白のユニホーム姿の野球部員が素振りに熱中していた。凛とした空気が漂う。ひんやりした風がほおを打つ。どこにもボールやごみは落ちてはいない。規律を感じる。
グラウンドそばの野球部寮に入ると、正面に赤茶の彫刻板が飾ってある。〈練習ハ不可能ヲ可能ニス 信三〉。慶應体育会の精神的支柱、故小泉信三・元塾長の言葉である。
監督室のソファで、白いユニホーム姿の江藤監督と向き合う。慶應革命ですね、とストレートの質問を投げれば、柔和な顔をほころばせた。
「まだまだ。ほんとうの革命はこれから始まります。ま。革命の入り口みたいなものですね」
江藤監督は09年12月、慶應野球部の新指揮官に就任した。05年から、「プロ退団後、2年以上経過した者で、日本学生野球憲章を順守すること」などの条件をクリアすれば、プロ経験者でも大学の監督に就けるようになった。慶大では史上初のプロ監督となる。
ドラッカーの『マネジメント』は読んではいない。でも経験でツボはわかる。マネジメントではまず、組織の定義付けから始めなければならない。
慶大野球部とは――。
「勝つことを追求する組織です。学生野球をリードするチームです。陸の王者を目指す。でも勝つために何でもやっていい、というのとは違う。小泉信三さんが説かれているフェアプレーの精神がある。伝統を守るとか、ユニホームの着方とか、いろんな要素を備えながら勝ちにいく組織です」
慶大野球部は、「顧客」に感動を与える組織でもある。顧客とは、野球部員であり、OBであり、支援者であり、地元の人々である。
「近所の人に愛されるチームでないとダメでしょ。その人たちも野球部を誇りに思うようになってほしい。日吉の町を歩いても、野球部員はちゃんとあいさつするようにしています」