初ステージでも抵抗は全くなかった

すっかりストリップの虜になった新井さんは、今度は一人でストリップ劇場を訪れるようになる。エアリアルシルクなど巧みな空中芸を持ち味にしていたり、最小限の動きと視線でステージを完成させたりと、踊り子さんにはそれぞれのカラーや個性があることを知った。新しい劇場や、踊り子さんたちとの出会いは新井さんにとって刺激的だった。

ステージを追いかけるうちに距離が縮まり、あれよあれよという間に樹音さんのステージにゲストとして乗ることになった。大好きな劇場のステージに大好きなお姐さんと一緒ということもあって、抵抗は全くなかった。

ストリップ劇場には、リボンさんと呼ばれる常連さんがいる。リボンさんは、踊り子がポーズを決めると、踊り子さんのカラーに合ったリボンを四方八方から飛ばして、ステージに華を添える。ストリップ独特の文化だ。

初ステージの最中、リボンと一緒にふわふわとした羽が舞い落ちてきた。伝説と呼ばれるリボンさんの可憐な演出だった。

「その時、あぁ、こんなに幸せなことってあるんだ。すごくうれしいなぁって感じたんです。これで終わりかぁ、それは嫌だなぁって。それで、舞台の袖に戻ったときに樹音姉さんに『踊り子にならない?』と言われた」

こうして踊り子、新井見枝香さんが誕生した。

自分の気持ちにまっすぐであるということ

新井さんは、このときのことを後に『小説現代』の連載エッセイでこう書いている。

「レモン」という演目。好きと素直に言えない切なさを踊る
「レモン」という演目。好きと素直に言えない切なさを踊る(撮影=高鍬真之)

「ステージ袖で、思わずハイと答えかけた39歳の私は、20年以上前、まだ高校生だった頃のことを思い出していた。夜の世界で働く7つ上の友人から、保険証を借りたのだ。大人っぽく見えるから大丈夫、これで面接受けてきな、と。条件反射のように受け取って、何も迷うことなどないと、素速く首を縦に振ったのだった。あんな風になりたいと思える人間に出会えたら、私は今すぐ、なりたいのだ。いつか、なんてあるかもわからないものを待つことができない。年齢も名前も偽ったが、自分の気持ちを偽ることはしなかった。」
(小説現代 第七回 きれいな言葉より素直な叫び より一部抜粋)

自分の気持ちにまっすぐであるということ――。それは新井さんのこれまでの人生を振り返ると、偽りのないものであることがよくわかる。カリスマ書店員として、イベントを年間数百回にわたって企画したり、自らが気に入った本を『新井賞』として顕彰するなどユニークな手法で売り上げを伸ばし、そのキャリアを着実に積み上げてきた。そんな会社員として華々しい成功を収めていたさなかの踊り子としての鮮烈デビューである。なかなかできることではない。

新井さんは現在も書店員として店頭に立つ傍らストリッパー、そして文筆業と、三足のわらじという多忙な生活を送っている。