トヨタはこれまで神仏を祀り、寺院や神社を創建してきた

ウーブン寺院は、災害発生時の避難場所にもなり得る。

あるいは、いずれウーブン・シティの住民が避けられない「死」の受け入れ先としてもウーブン寺院は機能する。病院などと同様、死者を弔う場所や墓地は、あらかじめウーブン・シティに確保しておいたほうがよい。

「夢の街」に、忌むべき存在は排除したいと思う人は少なくないだろうが、ウーブン・シティの住民であっても、決して死は避けられない。死を直視することで、謙虚に生きることを教えてくれるのも、寺なのである。

きっとトヨタは、ウーブン・シティに寺院や神社を建立してくれると信じている。それは、実はトヨタは神仏を祀り、寺院や神社を創建してきた過去をもつからだ。

国内の大企業で、敷地内に小さな祠を据え付けるなどの、「企業内神社」を設置している例は、少なくない。トヨタもしかり、本物の神社を本社工場の敷地に持っている。その名を、豊興ほうこう神社(通称トヨタ神社)という。

神社が開かれたのはトヨタが創建した1925年だ。自動車メーカーの神社らしく、鍛冶や金属の神様である金山彦神かなやまひこのかみ金山毘売神かなやまびめのかみを、祭神として祀っている。普段は参拝できないが、正月三が日は社員以外でも、豊興神社にお参りができるという。

ウーブン・シティでは農業も実施する予定だ。豊田社長は、テレビ局のインタビューで「一生懸命に作られた作物はここで全部使い切る。ごみを少なくすることも大きなテーマ」とも語っている。それならば、五穀豊穣を祈る祈念祭や、新穀を神に捧げる新嘗祭が必要になるだろう。

高原の「トヨタ寺院」で社長を含む幹部が毎夏、祈願と慰霊

実は、「寺院」もトヨタは持っている。長野県蓼科高原にある聖光寺(法相宗)だ。1970年、「販売の神様」と呼ばれた、故神谷正太郎トヨタ自動車販売社長(当時)が開基になって開かれた。トヨタの寺院だけに、「交通安全祈願」「交通事故遭難者の慰霊」「負傷者の早期快復」を寺命にしている。

創建当時は戦後モータリゼーションの拡大ととともに、交通事故死者数が増加していた時期。神谷氏は、自動車会社の発展と引き換えに、多くの命が奪われていることに心を痛めていたに違いない。

2008年11月、南アフリカ共和国、ハウテン州プレトリア市にオープンしたトヨタのディーラーショップ
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1970年の交通事故死者数は1万6765人と過去最多を記録している。だが、くしくも、寺が開かれたこの年を境にして、死者数は減少に転じている。ちなみに2020年の交通事故死者数は2839人である。

非科学的だ、と考える人もいるだろうが、聖光寺建立と死者数減少との因果関係はないとは言い切れない。現在でも毎年7月の大法要には、章男社長ら経営陣が欠かさず参列している。近年はトヨタのAI開発の責任者ギル・プラット氏も法要に加わっている。

このような「心の経営」は、トヨタの企業体質そのものを表しているように思う。「祈願」や「供養」を通して、謙虚に物づくりに励み、社会に寄与するというものだ。

これは、同社の経営哲学「カイゼン」という手法にみられる。カイゼンとは、小さなミスであっても「見える化(共有して、議論し、改善につなげる)」し、生産効率の向上につとめること。カイゼンは、日々の行いの反省=懺悔(さんげ)を通して、より良い生き方に導く、仏教の考え方そのものといえる。