近い将来、人間のさまざま仕事を人工知能(AI)が奪うともいわれている。いわば「生命」に近づきつつあるAIに対して、人間はどう向き合うべきなのか。人工知能研究者の三宅陽一郎さんと東京大学特任講師の江間有沙さんが語り合った――。

※本稿は、1月13日に行われた『人工知能が「生命」になるとき』(PLANETS)の刊行記念イベントの一部を構成したものです。

介護用に使われるロボットには、女性らしい名前が

【江間有沙(以下、江間)】人工知能(AI)技術は基本的に過去のデータを基に新しいものを予測したり、判断したりする技術です。ある意味、過去の再生産をしていく。そう考えたときに、私たちが当たり前と思っているこの社会の価値や表現は、そのコミュニティー以外の人にとって当たり前なのか、と立ち止まって考えることが必要だと思います。

フランスのアルデバラン社(現ソフトバンクロボティクス)が開発した「NAO」というロボットは英語では「He=彼」と称されて教育や医療などさまざまな分野で使われていますが、介護用に使われるときに「Zora」という名前が付けられています。

日本サード・パーティが販売するソフトバンクロボティクスのヒューマノイドロボット「NAO」の新バージョン「NAO6」。
写真提供=日本サード・パーティ
日本サード・パーティが販売するソフトバンクロボティクスのヒューマノイドロボット「NAO」の新バージョン「NAO6」。

Zoraはフランスでは女の子の名前らしく、プロモーションビデオでも「歌って踊れてエクササイズの指導やお話もできる若い女の子(young girl)」と紹介されている。これは介護=女性の仕事という考え方が暗黙の裡にあるため起きるのでしょう。こうした社会的な役割や表現の再生産が起きていることに、まずは気づくことから始めないといけません。

「みんなを平等に少しずつ幸せに」と楽観的な科学者たち

【三宅陽一郎(以下、三宅)】ほとんどの科学者は楽観的で、われわれは社会の根底を変えているのだと考えているかと思います。たとえば電気の発明で言えば、電気が通るのは,最初はニューヨークやロンドンやパリだけかもしれませんが、やがて世界中に電気が行き渡ってみんなが電気のおかげで少しずつ幸せになっている。同じように人工知能も、社会を底上げして、「みんなを平等に少しずつ」幸せにできる。そう無邪気に考えています。

人工知能研究者の三宅陽一郎さん
人工知能研究者の三宅陽一郎さん

僕の場合、ゲームキャラクターのAIの製作が専門ですが、ちょっとかわいいモンスターの形にしたときに、「その表現にはバイアスがある」と言われて、「え、そうなの?」となることがあります。

【江間】表現の自由とのバランスはありますが、ジェンダー、人種、宗教などセンシティブな問題に関しては、特に欧米が問題意識は強いです。問題意識は国によって差がありますが、ジェンダーに関しては日本でも公共の場できわどい格好の女性やアニメのポスターとか、役割を固定するような表現をしたものが問題になる事例が増えてきました。

【三宅】パブリックとプライベートの形成は、日本とアジアでも違うし、ヨーロッパ、アメリカでも違うのかなと思います。