※本稿は、島田裕巳『いつまでも親がいる』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
「親子」という言葉は日本語に特徴的な表現
「親子」ということばがあります。
親子とは、親と子ということです。その点では、どの社会にも親子が存在するということになります。
しかし、これは日本語に特徴的な表現になっています。
日本語は、中国語の影響を深く受けています。そもそも漢字は中国から来たものです。
現在の中国語では、親は「亲」という漢字で表現されます。子は、日本語と同じく「子」です。
ならば、親子のことをさして、「亲子」と言うはずです。実際、そうした書き方もされ、「亲子关系」と言えば、親子関係のことを意味します。
しかし、あまり亲子という表現は使われていないようで、「父子」とか「母子」という表現が用いられます。日本語でも、こうした表現は使われ、父子家庭とか、母子手帳などがありますが、親子の方がはるかに頻繁に用いられています。
どうも、日本と中国では、親子ということばについての感覚に違いがあるようです。もしかしたら、日本という国では、親子ということが、他の国に比べてはるかに重要な意味を持っているのではないでしょうか。
その際の親子は、単純に親と子をさしているということではなく、親と子が一体になっているというニュアンスがあるように思えるのです。
「親子丼」を英語に訳すことはできるのか
私たちは、親子という言い方を日常生活のなかで頻繁に使っているので、そこに特別な意味などないと考えられています。考えるどころか、それを前提にしていて、特殊性を自覚することもないのです。
「親子丼」という食べ物もあります。鶏肉と卵を使った料理で、鶏と卵が親子だということで、親子丼と呼ばれています。鮭とイクラを使った親子丼もあります。
そこからは、「他人丼」という食べ物も生まれました。肉が牛や豚に代わり、卵との間に親子の関係がないので、他人だというわけです。こうした料理は中国にはありません。
では、親子丼を英語に訳すことはできるでしょうか。
丼がbowlで、親子がparent and childですが、bowl of parent and childというわけにはいきません。これでは、何のことなのか、意味はまったく通じません。変な想像を掻き立てることになるかもしれません。
親子丼を説明的に訳すなら、bowl of rice with chicken and eggsとなるでしょう。それで意味は通じるかもしれませんが、chickenとeggとが親子の関係にあるというニュアンスはまったく反映されていません。