政治記者は権力を最も近い場所で取材している。彼らはメディアの役割を十分に果たせているのか。毎日新聞記者の秋山信一氏は「事実を伝えながら、国民の声を権力に届け、権力の思惑を国民に伝える仕事が最もしやすい環境にいる。だが、とてもではないが自信をもって『イエス』とは言えない」という——。

※本稿は、秋山信一『菅義偉とメディア』(毎日新聞出版)の一部を再編集したものです。

東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の辞任表明を受け、記者の取材に応じる菅義偉首相
写真=時事通信フォト
東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の辞任表明を受け、記者の取材に応じる菅義偉首相=2021年2月12日、首相官邸

「オン」と「オフ」の境目

政治部の取材の大半は「オフ(・ザ・レコード)」であり、「オン(・ザ・レコード)」は記者会見や一部のぶら下がり取材に限られる。

そう書くと「オフレコなら何も書けないじゃないか」と思われるかもしれないが、政治部の「オフレコ」は厳密にはオフレコではない。

例えば菅のオフレコ発言は「政府高官は~」という形で報道されることがあるし、「政府関係者」「首相周辺」「外務省幹部」「官邸幹部」などとして報道されるのもオフレコ取材の成果だ。

しかし、中には「オン」のつもりで「オフ」に応じている人もいる。菅も口癖のように「そんなこと俺が言ったら大変なことになっちまう」と言っていたが、これは「オフレコ」で話している内容が匿名とはいえ「菅の発言」と分かる形で報道されてしまうことを認識していたからだ。こうなると、もはや「オフレコ」としていることの意味が薄れ、記者の過度な自主規制のようにも思えてくる。

政治部で最初に担当した外務省にも「オン」のつもりで「オフ」に応じる幹部がいた。事務次官だった杉山晋輔だ。それを物語るエピソードが政治部への着任初日にあった。

ちょうどその日は年度初めで新人職員の入省式が開かれる予定になっていた。駐韓大使の帰任が決まったため、式から出てくる杉山に取材しようと、他社の記者たちとともに外務省のホールの出入り口で待ち受けた。杉山にはまだあいさつもしていなかったため、スマホでネット検索して顔を頭に入れた。