記者同士の無意味なルール
あいさつを終えた杉山が廊下に出てくると、囲み取材が始まった。他の記者の見よう見まねで輪の中に入り、メモ帳にペンを走らせながらコメントを拾った。ところが、他の記者は誰一人メモを取っていなかった。
奇妙に思っていると、左隣にいた記者に肘で腕を突かれた。むかっときたが、取材中なので杉山に集中を戻すと、再び左隣から「オフ、オフ」とささやかれた。意味が分からなかったため、杉山に質問を続け、また答えをメモしていった。そのまま囲み取材を終えて杉山を見送ると、肘で突いてきた記者が改めてこちらに忠告してきた。
「メモ取りは禁止ですよ」
「あっそうなんですか」と言いつつも、頭の中は「?」だった。
後で同僚に確認すると、外務省では幹部への取材は認められているが、定例的に局長級以上が行う「記者懇談」以外、メモ取りは慣例として禁止だということだった。録音に至っては記者会見を除いて一切禁止だ。
面白かったのは、杉山自身はメモ取りに何らクレームをつけなかったことだった。後に杉山からは「僕はオンのつもりでいつも話しているから」と聞き、「オフ」という規制の無意味さを思い知った。
「パンケーキ懇」の実態は
自民党総裁選の関連報道で、菅がパンケーキ好きなのは広く知られるようになった。首相就任後には総理番とのあいさつも兼ねて「パンケーキ懇」が開かれ、一部の社が欠席したことでも話題になった。
では、菅との懇談ではどんな会話がなされるのだろうか。
「懇談」と言うからには「こっそり内緒話を教えてもらえる」イメージが湧いてくるだろうが、実態はいつもの取材と変わらない。各社の番記者がずらりとそろって会話をするわけだから、当然、記者の方から特ダネにつながるような話を振ることはなく、菅もいつも通りに淡々と話すだけだ。食事を共にするわけだから「夜回り」などよりもじっくり話す機会にはなるが、内容が濃いかと言えば、そんなわけでもない。
長官番時代、菅や秘書官たちと食事をともにする「番記者懇」は不定期で開催された。地方出張時に企画されたり、数カ月に1回「パンケーキ懇」が開かれたりする。菅が若い頃は「マクドナルド懇」もあったそうだ。
「菅によるメディアの取り込み」なのか
取材相手と食事をするのは政治部に限った話ではない。
社会部でも、外信部でも、取材先と仲良くなるために食事の機会を設けるのはよくあることだ。食事の場だからと言って、突然、相手の口が軽くなるわけではなく、機微に触れる話になると「それはそれ、これはこれ」といった感じではぐらかされるが、相手がどんな人なのか、どんな経歴なのか、どういう見識を持っているのかといったことはよく理解でき、人間関係を構築する上でも役に立つ。