菅には二つの狙いがあった。一つは、元徴用工問題を巡って関係が冷え込む韓国に対して、「韓国を重視している」とのメッセージを送ることだ。米国を除けば、首脳による電話協議後にぶら下がり取材に応じるのは異例だ。韓国でも「憎まれ役」の安倍から菅に首相が代わったことが日韓関係好転のきっかけになるのではないかとの期待感があり、まずは丁寧に対応することで菅も応えた。

もう一つは国内の反韓感情に配慮する狙いだ。韓国との関係改善を模索する一方、安倍政権に引き続いて元徴用工問題では妥協する気がないことを明確に示した。

しかし、「権力とメディア」の関係を考えた時、内容とは別次元の部分で気になることがあった。それは菅が手にしていたメモ用紙だ。

事実を多角的に伝えるべきだ

ぶら下がり取材自体は1分半程度で終わった。菅が会談内容についてメモを読み上げ、「日韓関係に改善の兆しはあるのか」という質問に対して「今、私が申し上げた通りです。外交上の問題でありますので、控えさせていただきたいと思います」と答えただけだった。

秋山信一『菅義偉とメディア』(毎日新聞出版)
秋山信一『菅義偉とメディア』(毎日新聞出版)

気になったのは、メモ用紙なしではこんな短い発表すらできない、そしてオーソドックスな質問にすらまともに答えられない菅の姿だった。

ところが、ニュースの映像を見ると、顔をアップにして手元のメモは映っていなかった。報道内容も会談の内容を解説するような内容ばかりだった。

もちろん、政権交代後に日韓関係がどう推移するのかは重要な論点であり、菅の狙いも含めて読者や視聴者に伝える必要がある。しかし、全く別の角度から「メモ頼りの菅」「簡単な質問にさえ答えられない首相」といった視点でも、現場から情報を伝えるべきだ。この程度のやりとりなら余裕でこなした安倍と比較しても面白かった。

菅にはアドリブで答弁する能力が欠如している。その欠点を隠すため、首相就任後はぶら下がり取材で都合の良い情報だけを発信し、質問を無視して立ち去る姿勢が目立っている。新型コロナの感染者が急増する状況でも、記者会見をなかなか開こうとしない。

メディアがそうした状況を粘り強く批判せず、今後も日韓電話協議のような切り取り方を続けるようなら、残念ながらマスコミの政治報道は菅の術中にはまっていくだろう。

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