起業家精神が潰されてしまう組織の力学

イノベーションの担い手を、起業家という。このJ.シュンペーターに由来する経営学の考えにもとづけば、個人企起業家だけではなく、企業などの組織のなかの各種のイノベーションの担い手も起業家といえる。

イノベーションに求められる必須に条件は、新しい製品やサービスを、その生産に要する費用よりもはるかに高い価格で販売できるようになることである。こうした機会を得るために起業家は、何らかの新しい組み立てや組み合わせを実現しようとする。

ところが、この起業家の行動の芽は、組織のなかで摘まれてしまうことが少なくない。企業内に起業家精神に富んだスタッフがいても、上司にイノベーティブな計画を上申したとたんに却下されることが少なくないのである。

起業家が実現しようとするのは、「他の人々に知られていない」新しい組み立てや組み合わせであり、思いもよらない展開である。思いもよらない展開である以上、上司が統括する組織上の活動範囲やミッションの枠をはみ出してしまうことが少なくない。ここで上司が、より大きな企業としての課題、すなわち全体として成し遂げるべきことは何かというに立ち返って判断をしてくれればよいのだが、中間管理職に枠をはみ出す判断を求めることは酷である。

企業のマーケティング担当の中間管理職は、暴走気味の思い切った判断をして、結果がついてこなかったらどうするか、と考えるだろう。組織から責任を問われるのは自分だ。それなら確実な結果が見込める取り組みをはみ出さない方が、リスクは少ない。

新規事業時代からみるアスクルの事例

積極果敢に事業を推進していけば生じることになる、枠をはみ出す判断とは、どのようなものだろうか。枠をはみ出すことが、なぜ、いかに必要となるのだろうか。

現在の国内のネット通販の一翼を担うアスクルは、枠をはみ出したことで大きな成長を遂げた事業である。アスクルの事業は、1993年に文具メーカーのプラスの新規事業としてスタートした。このアスクルというカタログ通販をプラスが開始したねらいは、プラス製品の販売網の拡充だった。

アスクルは、スモールオフィスをターゲットに、紙のカタログを見てファクスなどで注文してもらう方法での通販事業を開始した。インターネットの一般利用がはじまると、ネット通販にも乗り出していく。

文具の需要は、消費者向けよりも、事業者向けの方が大きい。だがこの事業者向けの販売ルートはその多くを業界最大手のコクヨによって押さえられており、プラスが食い込む余地は少なかった。コクヨの販売網がカバーしていない小規模事業所という市場のニッチに、カタログ通販方式でアプローチしようとしたのが、アスクルの出発点である。