私は出版の世界に長くいて、優れた校閲こうえつ者の「注意」に一目置くようになった。「こう書いた方が伝わりやすい」という場合や、同じ言葉が近くに使われており、言い換えをした方が良い場合など、鉛筆で著者も納得するような書き込みをして、傍に「トカ」「ナド」と入れてある。多くの場合、著者に失礼のないように、慎重に考えた末に書かれている。

優れた校閲者が「トカ」「ナド」と入れた場合、著者である私も「スッ」とアドバイスを受け入れるものだ。自分で気付いた気持ちになって変更できるのである。この指摘がうまくないと、著者が逆ギレすることもあるという。

「トカ」「ナド」は優れた知恵で、私も演出をするときに利用にしている。「相手をもう少しにらんでみたら」ではなく、「ここはいっそ睨んでみる……トカ」「睨みたい気持ちは内側に秘めて、相手は見ない……ナド……見ないと駄目かなあ……」などと。演出家が押し付けた感じにはならずに、俳優が自分で気付いた気分で、演技に挑める。

演出家の視点で自分の振る舞いを修正する

注意は成果を挙げた時、つまりずっと後に達成感が得られるもので、「その時」は楽しくないものだ。快感は伴わない。

竹内一郎『あなたはなぜ誤解されるのか 「私」を演出する技術』(新潮新書)
竹内一郎『あなたはなぜ誤解されるのか 「私」を演出する技術』(新潮新書)

注意とよく似たものに説教がある。これには快感が伴う。

快感には要注意であることは先ほども述べた通り。

居酒屋などで呑むと、サラリーマンが部下に向かって、延々と説教をしている場面に出会うことがある。周囲で呑んでいる客の雰囲気も悪くなる。呑んで、反論できない若い人に同じことを何度も何度も繰り返しているうちに、本人もハイになっていく。快感が伴うことはよろしくない、と肝に銘じよう。

このように自分自身を客観視して、振る舞いを修正するために必要なのは「演出」という観点である。人生という舞台の主人公である「私」を演出家としての「私」が客観的に見て、効果的な演出法を考えてみる。その意識を持って日々を過ごせば、誤解や人間関係のストレスは大幅に減らせるはずだ。

ちょっとだけ変えれば、人は付いてくる。ちょっとだけ変えれば、無駄な対立や軋轢あつれきを回避することができる。

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