覇権国と勃興国が陥る「トゥキュディデスの罠」

現代と当時の類似点はグローバリゼーションだけにとどまりません。国際的な覇権争いという点でも同様です。第一次世界大戦では英仏露に米国を加えた連合国と、ドイツ、ハプスブルク、オスマン帝国を加えた同盟国が戦いました。背景には新興国だったドイツが覇権国イギリスに挑戦するという、覇権交代の可能性がありました。

第一次世界大戦中、独仏両軍合わせて70万人もの死傷者を出した「ヴェルダンの戦い」(1916年)の、フランス軍戦死者を祀るドゥオモン納骨堂(奥の塔のある建物)と、その前に並ぶ1万6000本の墓碑の一部。
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第一次世界大戦中、独仏両軍合わせて70万人もの死傷者を出した「ヴェルダンの戦い」(1916年)。そのフランス軍戦死者を祀るドゥオモン納骨堂(奥の塔のある建物)と、その前に並ぶ1万6000本の墓碑の一部。

紀元前5世紀、古代ギリシャの歴史家トゥキュディデスは『戦史(ペロポネソス戦争の歴史)』を著しました。このペロポネソス戦争とは、当時の覇権国スパルタに対して勃興する都市国家アテネが挑戦した戦争です。

米ハーバード大学のグレアム・アリソン教授(政治学)はこれまでの多くの覇権交代を研究して、「台頭する国家は自国の権利を強く意識し、より大きな影響力(利益)と敬意(名誉)を求めるようになる。そしてチャレンジャーに直面した既存の大国は状況を恐れ、不安になり、守りを固める」と分析しました。

アリソン教授はこのような“覇権国に対する勃興国の挑戦”を「トゥキュディデスの罠」と呼び、覇権交替期の戦争発生のリスクに警告を発したのです。彼の近著によると過去500年間のうちでこうした覇権交代のケースは16回あり、そのうち12回で大きな戦争になっています。

急激な経済成長を果たしたドイツの「権利意識」

19世紀のグローバリゼーションの進展は、産業革命に遅れた国に先進国からの技術移入など恩恵をもたらしました。当時もっとも恩恵を受けた国はドイツでした。小さな国家に分かれていたドイツはやがて統一し(日本の明治維新よりも後のことです)、人口増加も相まって、20世紀に入る頃には国内総生産(GDP)でフランスを抜き、当時の覇権国イギリスに迫ります。

そして台頭するドイツは自国の権利を強く意識し、より大きな影響力と敬意を求めるようになりました。その帰結が第一次世界大戦だったのです。