日本人一般の歴史観における空白

司馬遼太郎はベストセラー小説『坂の上の雲』で日露戦争での日本の勝利を描いた後、それ以降の作品を書きませんでした。一朶いちだの雲を追い坂道を駆け上った日本人は、その後自分に相応しい目標を見失い破滅への道を辿ります。

下り坂はストーリーとして面白くないから物語が少ない。日本人一般の歴史に関する知見は、栄光の戦艦「三笠」の後はいきなり悲劇の戦艦「大和」でありゼロ戦の世界になっているのではないか、そう私は思いました。そしてその欠落した空白こそが第一次世界大戦であると考えたのです。

産業の発展が歴史を動かす

日本人にとって第一次世界大戦のような世界規模の大戦を理解するには、鎖国日本の海外との接触、つまり開国や明治維新の頃から振り返る必要がありました。するとそれはちょうど欧米の産業革命の進展と深い関係にあることがわかります。

例えば黒船のペリー艦隊は4隻でやって来ましたが、蒸気船は2隻だけ、他の2隻はまだ帆船でした。風向きに頼らずに蒸気機関で航海できるようになったのも、大砲から発射される砲弾が単なる鉄の塊から着弾地点で炸裂するようになったのも、世界を結ぶ電信網が完成したのもこの時期だったのです。だからこそ欧米諸国は東の果ての日本に開国を迫ることができたのです。

本書ではこうした従来の日本史全般の中ではあまり扱われなかった第一次世界大戦にまで至る技術史や産業史、メディア史、あるいは兵器や戦争の歴史にページを割きました。何故ならこうした戦争技術の進歩や産業の発達こそが世界規模の戦争発起の必然性へと繋がっていくからです。またこのように歴史を俯瞰することで世界史に占める日露戦争の位置づけも明らかになってきます。