「安全」がもっとも優先されるべき

性風俗産業は、「社会の貧困の被害者だから支援が必要」あるいは、「好きでその仕事をしているから自己責任」の両極端に切り分けられやすい職種です。

木村映里『医療の外れで 看護師のわたしが考えたマイノリティと差別のこと』(晶文社)
木村映里『医療の外れで 看護師のわたしが考えたマイノリティと差別のこと』(晶文社)

しかし、「被害者」と「自己責任」は何を境界にジャッジされるのでしょうか。毎日毎日辛く悲しく生活を切り詰めて性風俗の仕事をしている人だけに支援が必要で、その仕事で稼いだお金で好きなものを買ったり、仕事の中に楽しさを感じたりしたら、途端に自己責任になってしまうのでしょうか。

仕事の主体性なんて、ある時もあればない時もある、としか言いようがないのでは、と私は考えます。

では性風俗産業について、社会の文脈で持ち出す時には何を基準にすれば良いのか。私はそこに「安全」を最優先事項として挙げます。

どんな動機で、どんな状況で働いていても、当事者が性風俗の仕事を好きだと思っていても嫌いだと思っていても、まず日々の仕事が安全であること、誰かに脅迫されたり殴られたり切り付けられたりせず、性感染症をうつされることもなく安全に働けることは、誰がどんな目で性風俗を見ようとも、ないがしろにされてはならないことです。

上述した無店舗型性風俗店の問題は、社会が性風俗を「是か非か」のみで捉え、「性風俗店なんて見たくないから」と店舗型性風俗店を過度に規制した結果として、当事者が心身の危険に晒されている現状です。

性感染症リスクも含め、医療も無関心ではいられない問題の多さに、私は医療現場の人間として強い危機感を持っています。私が本書で、私自身が当事者として経験した水商売の領域ではなく性風俗産業に注力して論じるのも、性風俗産業が、医療により深く食い込む課題を持っているからです。

医療が性風俗産業に対してなすべき対応、と書くと、まるで性風俗産業を特殊な扱いとするように聞こえてしまいそうですが、実際のところ医療従事者にできることは、性風俗産業に従事している人達が医療機関を受診した時、彼女達は我々にとってあくまでひとりの患者だという事実を忘れないことでしょう。

女性医師
写真=iStock.com/kokouu
※写真はイメージです

性風俗産業にこそ手厚い医療が必要だ

例えば、「どうしたら性感染症リスクを減らせるか」の具体的な方法を共に検討することは、通常の診療内における、個々の患者の生活内で可能な一次予防策の提案と何ら変わりありませんし、継続受診に繋げること、明らかな暴力に晒されていないかどうかを観察し、適切な処置を行うことは、性風俗産業と関係なく、あらゆる患者に対して持つべき視点です。

性風俗で働いているからといって眉をひそめる医療従事者ばかりではないことも重々理解しています。COVID-19騒動の時に、当事者団体が「少しでも安全に働けるように」と発信したプレイのノウハウを感染症専門医が監修していた時には、感動に近い気持ちを持ちました。(*6)

慎重な配慮をもって診療を進めている医療従事者だって確かに存在し、「言わないだけで、風俗で働いている患者はもっとたくさんいるのかもしれない」と話してくれた医療従事者の存在に救われ、こうして文章を書くことができています。

性風俗産業は仕事の特性上、医療との結びつきを切ることができません。だからこそ彼女達にとって、病院に行くこと、医療と関わりを持つことが不要な傷付きに繋がらず、人として当たり前に尊重される医療を受けられることを、そのための我々自身の配慮を、私は医療に対して求めています。

(注釈)
*1 厚生労働省「梅毒の発生動向の調査及び分析の強化について
*2 コミックDAYS編集部ブログ「『コウノドリ』梅毒エピソードを緊急無料公開!
*3 「呼んだデリヘル嬢切り付ける 46歳男を逮捕 被害者?ツイート『客に殺されかけたよ!!』」産経新聞、2018年6月14日
*4 SWASH編『セックスワーク・スタディーズ:当事者視点で考える性と労働』日本評論社、2018年
*5 「『プロ意識が低い』とデリヘル嬢に激高…初風俗で支払いの料金26万奪った都立高教諭の怒りの沸点」産経新聞、2017年6月24日
*6 SWASH「コロナ予防的なセックスワークの働きかた~アンチコロナプレイで少しでも安全に働こう!~

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