メディアから発信される性風俗産業への偏見

「そんな仕事って何なの。患者になら何言ってもいいわけ? お前の城にそんな仕事のあたしが踏み込んですいませんでしたね。もう二度と行かないって感じ。ってか、あんた達の業界ってなんかこう、すっごいむき出しだよね、あの時の梅毒のやつだってさ」。

果歩が「梅毒のやつ」と言っていたのは、日本における急激な梅毒患者数の増加(*1)への啓発として、2018年12月に講談社「コミックDAYS」編集部が自社のWebサイトで、産婦人科をテーマとした漫画『コウノドリ』の、風俗嬢から梅毒の感染を受けた男性が妊娠中の妻にも梅毒を感染させるというエピソードを期間限定で無料公開したこと(*2)、それを受けて医療従事者がSNSで「風俗に行ったら性感染症の検査を」「風俗嬢が全員性病検査をしていると思うな」という文面で啓発を行っていたことを指していました。

医療従事者の、性風俗で働く人達をまるで病原菌か何かのように扱う啓発の直後に激怒していたのはむしろ私で、そんな風に性風俗が話題になっていること自体、果歩は私から聞かなければ知らなかったはずでした。

果歩はその時には「お医者さんなんてあたし達のこと嫌いに決まってるじゃん」と笑いながら言っていたのですが、結局、彼女自身が生身で、医療従事者の偏見を引き受ける結果となってしまった。私は愕然としました。

医療は誰ひとりとして排除してはいけない

果歩は話し始めてすぐに、「えりのせいじゃないのに言い方悪かったね、ごめん」と落ち着きを取り戻しましたが、後に続いた「えりはそんな業界でよくやってるよね。えりの話聞く度、昼職の人なんてそんなもんでしょって思ってたし、偏見込みで金稼いでるんだからって思ってたけど、不意打ちであんなこと言われたら、さすがに傷付くよ」という言葉に、尚更返答に詰まりました。

親の虐待から逃げて東京に来て、性風俗店の寮で18歳から生活していた果歩が今の生き方を「自分を苦しめてきた何かよりはマシ」と思えること自体は、人生の肯定といえるものなのだと思います。

それでも彼女が自身の生活を肯定する文脈に、「たとえ医療が受けられなくても」という不文律が入っていることを、私は自分が医療従事者だからこそ、受け入れたくなくて、どんな生き方を選ぶ中でも、「必要な医療が受けられなくても良い」と思われてしまうなんて、私が嫌だな、と感じました。

看護師である私にとって、医療は誰でも、どんな状況でも受けられるものでなくてはいけないのです。