人的資本を蓄積するための教育も必要

シンガポールの経済成長戦略

シンガポールの経済成長戦略

このようにして、10年に15%近いGDP成長率によってV字回復を果たそうとしているシンガポールであるが、長期的な経済成長の視点に立って、経済成長戦略を10年2月に発表した。それは、シンガポール経済戦略委員会がシンガポール首相リー・シェンロンに提出した報告書「高度な技能を有する国民、技術革新のある経済、卓越したグローバル都市」である。

その報告書の目的として、技能とイノベーションと生産性を持続的経済成長のための基礎としなければならず、これによって内在的成長と広範な国民所得の増大を実現することができるとしている。また、上昇するアジアに向けてオープンで、多様性を持った、活気ある卓越したグローバル都市を目指すべきであるとしている。

シンガポール(や日本)のように、高齢化・少子化した経済では、労働者一人当たりの扶養者数が増加しつつある。このような状況の中で、国民一人当たり所得を維持するためには、労働者一人当たりのGDP、すなわち労働生産性を高める必要がある。労働生産性を高めるための一つの方法としては、他の生産要素、すなわち、物的資本(工場、機械・設備)を蓄積することが挙げられる。あるいは、物的資本がハード面であれば、それに対してソフト面、すなわち、生産技術の向上がもう一つの労働生産性を高める方法である。

ハード面で最新鋭の機械とともに、ソフト面で最先端の生産技術が導入されたとしても、それらを使いこなすだけの能力を持った労働者が必要となる。労働者の人数だけ増えればよいというものではなく、労働者の有する高度な技能も重要となる。それは、どれだけの工学の教育を受けているかに依存する。これを人的資本という。そのため、単に生産技術を高めるためのイノベーションだけではなく、人的資本を蓄積するための教育も重要である。

シンガポールの経済成長戦略は、高度な技能を有する国民、革新的な経済、卓越したグローバル都市といった目標を目指すために、7つの戦略=(1)技能とイノベーションによる成長、(2)製造業とサービスにおけるグローバル・アジア・ハブ、(3)活気と多様性のある企業構成(大・中小企業、地元・アジア・グローバル企業)の確立、(4)イノベーションの普及と研究開発成果の商業化(医薬・バイオ分野など)、(5)スマート・エネルギーの経済構築、(6)将来の成長に向けた土地生産性の向上、(7)卓越した国際都市・愛される故郷の建設=が提示されている。

これらの経済成長戦略には、都市国家としてのシンガポール特有の戦略もあるものの、グローバルに共通する戦略のほか、生産拠点としてのアジアおよび潜在的な世界最大の消費地としてのアジアに位置する国々に共通する戦略が含まれている。

とりわけ、(1)技能とイノベーションによる成長や(4)イノベーションの普及と研究開発成果の商業化は、EUのリスボン戦略にも見られるように、グローバルに共通して取り組まれている戦略である。

また、(2)製造業とサービスにおけるグローバル・アジア・ハブは、「アジア・ゲートウェイ」戦略を進めてきた日本にも共通する戦略である。「グローバル・アジア・ハブ」を実現するためには、国内企業にそこで活躍してもらうだけではなく、外資系企業にも進出してもらうことが必要である。

そのためには、国内企業にも外資系企業にもインセンティブを与えなければならず、少なくとも法人税の軽減税率はそのインセンティブの一つとなろう。前述したように、日本とシンガポールの法人税率を比較しただけでも、企業がどちらに関心を持つかは明らかである。

シンガポールのような「グローバル・アジア・ハブ」戦略と類似の戦略が日本のほか、韓国のインチョン自由経済区などに見られるように、各国間で戦略上の競争を繰り広げている。この競争を考慮に入れて、日本は戦略を立てなければならない。

(図版作成=平良 徹)