地下経済には公式経済での失業を吸収する側面もある

たしかにデジタル通貨の利便性は高く、それが経済活動を活性化させることへの期待は大きい。同時に、デジタル通貨の導入で決裁の透明性が高まりすぎると、それを嫌気して経済活動が停滞するリスクもある。具体的にはGDP統計に反映されない経済活動、いわゆる地下経済が干上がってしまうことだ。

地下経済は非合法性が強く、問題も多い。一方で、そうした地下経済が公式経済で生まれた失業を吸収するという側面もある。かつて財政危機に揺れたギリシャやスペインでは、地下経済での非合法な雇用(例えば社会保険の支払いなど)が公式経済で生まれた多くの失業者を吸収し、それが社会の安定につながったことはよく知られた話である。

CBDCでの取引が主力となれば、地下経済は縮小を余儀なくされる。CBDCの利用で公式経済が地下経済での雇用などを吸収できれば話は別だが、文化的・社会的な性格もあるため、そう簡単にはいかない。むしろ地下経済で政府の規制が及ばない民間の仮想通貨が利用される機会が増え、より違法性が高い行為が横行するかもしれない。

行き過ぎた政府の「知る権利」は経済を停滞させる

政府の「知る権利」と民間の「知られない権利」のバランスをどうとるかという論点は非常に重要である。事実、中国自身が、改革開放前に政府の「知る権利」を前面に押し出し、それが経済の停滞を招いた経験を持っている。資本逃避を防ごうとして経済活動が停滞してしまっては元も子もない。

こうしたリスクを伴うCBDCの実験は、米国の覇権に挑むことに躍起な中国に任せ、自らはさらに慎重な戦略を練ろうとする欧州のスタンスは、文字通り「老獪」そのものと言えよう。冒頭で述べた10月2日付のECBのリポートは、そうした欧州の立ち位置をよく表していると言えるのではだろうか。

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