相談に来る余裕がないくらい大変な状況にあった

「先生、リクは言葉が出ないんです」
「うーん、そうですね。今は大泣きで表情が読み取れませんが……もう少し見させてください。2歳まで言葉が出なければもう一度受診してくれますか?」

しかしここでいったんソラ君とリク君の受診は途切れます。予防接種が一通り済んだからかもしれません。あるいは、「言葉が出ない」というお母さんの問いかけに私がきちんとした返事ができなかったからかもしれません。しかし実は後で分かることですが、その頃のお母さんは言葉の相談に来るほどの余裕がないくらい大変な状況にあったのです。

聴診器
写真=iStock.com/Andrei Vasilev
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「リクは、夜泣きというか、寝ないんです」

3歳7カ月でソラ君とリク君は3歳児健診にクリニックへ久しぶりにやってきました。そしてこのとき、お母さんの腕には三人目の子、妹のウミちゃんが抱かれていました。ソラ君とリク君はしっかりと育っています。身体測定で泣くようなことはもちろんありません。ソラ君は私の問いに対して名前と年齢をはっきりした声で答えました。診察が終わって次はリク君です。リク君の顔を見た瞬間、私は「あ!」と思いました。視線が合っていないのです。

「お名前は?」

返事がありません。

「何歳?」

そっぽを向いています。私は問診票のカーボンコピーに視線を落としました。病気の欄を見ると、「自閉症スペクトラム 軽度知的障害」と書かれています。私はお母さんに思わず声をかけました。

「お母さん、リク君は自閉症の診断なんですか?」
「そうなんです、先生。あのあと、いろいろあって……」

私はうなずくとリク君の診察を手早く行いました。そして二人に服を着てもらって診察台に座らせ、ウミちゃんを抱っこしているお母さんに話を伺いました。

「どうやって診断がついたんですか?」
「リクはあのあと、夜泣きがひどくなってしまったんです。夜泣きというか、寝ないんです」
「睡眠障害か……」

私は呟きました。