「感情モード」から「分析モード」に切り替える

そんなときは、「AIになったつもり」が効きます。「AIなら、この人物を解析してどんなデータを出すだろうか?」と考えましょう。もちろん、イメージは自己流で構いません。

西脇俊二『繊細な人が快適に暮らすための習慣』(KADOKAWA)
西脇俊二『繊細な人が快適に暮らすための習慣』(KADOKAWA)

「この人は怒りで声帯が振動しています」
「血管が浮き出ています」
「心拍数は160に達しているでしょう」

など、目の前の「自然現象」を機械的にスキャンし、淡々と心中でアナウンスしていきましょう。映像や音声を、心電図モニターやオーディオ機器の音量メーターのように計測するイメージも面白そうです。

これは、「感情モード」から「分析モード」に転換を図るワザです。

人は何かを分析するとき、感情をオフにします。たとえば「猫」でも、「かわいいな?」と思いながら眺めるのと、「この猫は雑種・オス・しっぽはまっすぐ」と観察しながら眺めるのでは、心持ちがまるで違いますね。

動揺したときこそ感情を抑え、分析をして、波に飲まれるのを防ぎましょう。

がっかりするのは、他人に期待していたから

「自分が悪い」のではなく「相手の事情」だと考える認知の変容と並行して行ってほしい練習が、もうひとつあります。「他人に期待しないこと」です。これは、「どうせ他人なんて……」とシニカルに心を閉じるべし、という意味ではありません。認識をフラットにして、過度に傷つかない、ストレスを感じない心を育てよう、ということです。

裏を返せば、傷つきやすい現在の心は、他者のふるまいを高く予測するクセがある、ということです。人の言動に傷ついてしまうのは、「もっといい言動を予測していたから」にほかなりません。

感じの悪い店員さんにあたって不愉快な思いをするのは、感じよく接客されると思っていたから。

ガサツに振る舞う同僚にウンザリするのは、細やかに振る舞ってくれたらいいなと思っているから。

気を使っているのに全然通じなくてガッカリするのは、「お気遣いありがとう!」と言われることを思い描いていたから。

これらの「期待の上振れ」を修正すればいいのです。