「尊名」を辞した決断のわけ

シカゴから帰国し、49歳までの3年間、海外展開を進める国際事業部にいた。20代のときに4年半、フランスへ留学もしていた。「大局観」にグローバルな視点が加わったことが、最後の進退を決定づける。

2003年6月。社長の座を長谷川閑史さんに譲った。在任10年、その累積利益は9000億円に達する。前立腺がん治療薬をはじめ4つの主要な薬品が好調で、連結売上高の6割を稼いでいた。しかも、その売上高の7割までが海外だった。グローバルな感覚が開花し、勢いはまだまだ続くとみられていたが、さっと一線から引いた。

「久受尊名不祥」(久しく尊名を受くるは不祥なり)――司馬遷(しばせん)がまとめた『史記』にある范蠡(はんれい)の言葉で、いつまでも高い評価が続くのは危ういことだ、という意味だ。つまり、ひとたび上り詰めれば、あとは落ちていくのみで、いつまでもトップの座にこだわる者への戒めである。

「言われるほどに、武田は変わっていない。業績がいいのは、昔、種をまいたものが、幸運にも4つも芽が出たからだ。この10年のことは、やって当たり前、やらなければ会社がダメになるだけで、ここまでは私でもできた。でも、本当のグローバル化はこれから。では、私に世界を相手にできるかと言うと、難しい」

これが、「尊名」を辞した理由だった。40代から培った「大局観」が生んだ決断と言える。

座右の銘は「行くに径(こみち)に由らず」。姑息な手段をとらないという『論語・雍也』の子游の言葉。
座右の銘は「行くに径(こみち)に由らず」。姑息な手段をとらないという『論語・雍也』の子游の言葉。

後継者の長谷川さんも、米子会社の経営経験を持つ。そして、昨年、米バイオベンチャー、ミレニアム・ファーマシューティカルズ社を買収した。M&Aにかけた額は約9000億円。武田さんが社長時代に稼いだ利益を、すべてはき出した格好だ。

国内の大手薬品メーカーは、2010年代に入ると、主力医薬品の特許期限が次々に切れ、安い後発医薬品に市場を削り取られる。武田も事情は同じ。そこで、次なる柱となる医薬を手にしようと、ミレニアム社が持つ抗がん剤の開発力に懸けた。

ただ、武田さんは02年秋、経済誌のインタビューで海外におけるM&Aを明確に否定した。買収できても、武田の人間でマネージできる自信がない、との理由だった。いま、その点を尋ねると、「だから、社長が代わって、やったわけです。私なら、絶対にやりません。あれは、長谷川社長だからできた。まあ、マネージはできると思います」と笑う。

75年暮れに結婚したとき、仲人のサントリー社長の故・佐治敬三さんに「人生のすごし方」を聞いてみた。すると、「自然体でいきなはれ。自然体でないと、あきまへん」という言葉が返ってきた。以来、「自然体」を人生の指針にしている。何かで迷ったとき、「どちらを選ぶのが、自分にとって自然か?」――と自問し、答えを出す。たまに自然体ではなく、無理な選択をせざるを得ない場合は、胸の内で「佐治さん、すみまへん」と謝っている。

米ベンチャー買収の是非も、この自然体で答えを出したのだろう。

(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)