その後、口の中の腫瘍がどんどん大きくなって、何も飲み込めない状況になりました。担当医より私に、若いのにがんの病状が進行してきっと気持ちもつらいだろうから、話を聴いてみてほしいと言われ、カウンセリングを担当することになりました。
カルテを見て、この状態でどんな心境なのだろう、もし私がこの状況だったら絶対に耐えられないだろう、そんな彼に私は何か言葉をかけられるのだろうか、何ができるのだろうか。そう思いながら、恐る恐る彼のところに足を運んでいました。
成功しても不幸せな人、地位もお金もなくても幸せな人
しかし会ったときの彼の気持ちは前向きで、私にも「先生、会いに来てくれてありがとう」と笑顔で迎えてくれましたし、家族やケアを担当する看護師など周囲の人にも、いつも感謝の気持ちを伝えていました。
ジュースをスポイトで飲み、「おいしい」と笑顔を見せたり、好きな小説を読んで感動したということを楽しそうに話していました。当時の私には、彼がなぜ取り乱さずにいられるのか、周囲に気配りをし、笑顔を見せることができるのかが理解できませんでした。
しかし、地位やお金はおろか、食べることの自由をはじめとした健康を奪われたとしても、幸せを見いだす道がどこかにあるということを、彼は身をもって私に示してくれたのです。
その後彼だけでなく、その他多くの患者さんが、「社会に適応すれば幸せになれる」という「must」の自分が言っていたことは必ずしも真実ではないと、その方々の生き方をもって力強く教えてくれました。
「must」の自分から「want」の自分を救い出そうという道筋を、私は見つけたのです。