もちろん、リスクも高い。ナノが成功するかどうか、誰にもわからない。その生産能力の限界を考えれば、成功してもたかが知れていると見るべきかもしれない。しかし、既存の自動車と、ミニバイクの中間の新しい乗り物だと考えれば、面白いイノベーションだ。先進国の巨大メーカーが苦しんでいる今、インドから新しいイノベーションが生み出されていると考えるべきだろう。

自動車メーカーの人々は、縁辺から起こったこのイノベーションに注目すべきだろう。

どんな産業でも、大きなイノベーションは産業の中心から遠く離れた縁辺で起こっている。自動車産業は、もともとはヨーロッパで生まれた。貴族のおもちゃづくりから始まったのだ。それを大衆の乗り物にするというイノベーションはヨーロッパから遠く離れたアメリカのデトロイトで、ヘンリー・フォードによって起こされた。フォード生産方式の誕生である。それに代わる新しい生産方式のイノベーションは日本の愛知県で起こった。

電気自動車の実用化へ道が開く可能性も

タタのナノがこのようなイノベーションとなるかどうかはわからない。しかし、少なくとも、自動車がこの値段になればどうなるかというシミュレーションをしてみる価値はある。この価格帯になれば、自動車の設計思想、製造と販売のためのビジネスシステムは大きく変わる可能性があるからである。

かつての松下電器産業(現パナソニック)には、「3%のコストダウンは難しいが、3割はすぐできる」ということわざがあったという。3%下げようと思うと、今の設計思想の延長上で考えてしまうが、3割となれば、基本的な設計思想から見直さないと実現できないということが誰の目にも明らかだからである。3割、4割というレベルではなく、5分の1というレベルだと、変わらなければならないものは設計思想だけではない。

大きく変わることが予想されるのは、ビジネスシステムだ。自動車産業では、基幹部品であるエンジンはアセンブリーメーカーがそれぞれ内製するというビジネスシステムをとっている。メーカーごとに違うだけではなく、車種ごとにエンジンの開発が行われている。その開発のためだけに大量のエンジニアが働いている。いつまでこのような贅沢が許されるのか。