非正規労働への依存や雇用調整が進んでいる。緊急時には、経営者の短期対応が不可欠だが、それに目を奪われてしまうのは問題だ。この背景には、時間感覚の違いという重要なカギが隠されていると筆者は説く。

大学人と企業人に見る「すぐに」の違い

四半期決算に対する上場会社経営者のフラストレーションが高まっている。四半期という短い時間単位で企業経営をとらえることができるのか、という声をあげる経営者が増えている。四半期決算のためのコスト負担が大きく人手がかかりすぎるという問題だけではない。四半期決算にとらわれていると企業経営にゆがみが出るのではないかと危惧する経営者が多いのである。

実際に、経営者が短期の数字にとらわれすぎているのではないかと思わせるような現象も起こっている。非正規労働への過度の依存、速やかすぎる雇用調整は、経営者が短期的な数字をつくるために出てくる問題である。緊急事態が発生したときには、短期対応が不可欠だが、それに目を奪われてしまうのは問題である。こういってしまうと、株主軽視だという投資家の反論が返ってくるが、話はそれほど単純なものではない。

この問題の背後には、時間感覚の違いという重要な問題が隠されているのだ。

MBAコースに来ている医療関係者からナースコールに関する面白い逸話を聞かせてもらったことがある。患者からのナースコールに対して看護師は「すぐに行きます」と答えるのが普通だが、その「すぐに」という時間がどの程度の長さを指すかは診療科や病棟によってずいぶん違うそうだ。診療科によって要求される緊急度が違うからである。

同じような時間感覚の違いは、われわれ大学人の「すぐに」と、企業人の「すぐに」との間にもある。同じ学者でも、われわれ経営学者の時間感覚と歴史学者の時間感覚とは違う。天文学者になると、さらに違うだろう。これらの人々に対して変化への対応が鈍いというのは酷であろう。マスコミの世界でも、テレビ局の「すぐに」と新聞社の「すぐに」とは違う。新聞社の「すぐに」と月刊雑誌社の「すぐに」とは違うのも当然である。

こうした時間感覚の違いは、業界の間にもある。医薬品メーカーは、10年単位で物事を考えることが多い。新薬の開発に10年から20年の期間が必要になるからである。金融、とくに金融市場にかかわる人々は1分単位、数秒単位の変化に目を配ることが必要である。このように業界によって時間感覚が違ってくるのは当然である。事業会社の経営者がウォールストリートの経営者に対して、「もっと長期的な視野で考えてほしい」と要望したとき、「われわれも明日のことは考えている。ご心配なく」という答えが返ってきたという逸話がまことしやかに語られている。明日が長期だというウォールストリートの時間感覚と一般の時間感覚の違いを戯画化した作り話だろう。長期的な視野での設備投資が不可欠な電力業界や鉄鋼業界では、5年単位で物事を考えないと適切な意思決定はできないだろう。