同音異義語が大量に発生、区別が困難に
自国語すべてがハングルという表音文字。その状況は、漢字とひらがな、カタカナを併用する日本人にしてみれば、文字という文字すべてがカナ文字に変わったら……と想像してみれば、少しは理解できるのかもしれない。ことごとく幼児か外国人のカタコト語にみえるという偏見を排しても、なんて不便なんだとイライラを覚えるのが自然であろう。
ただ、過去の蓄積から同じ読みの漢字・熟語を想像し、あてはめて意味を類推していけるし、ハングルにはない「訓読み」という発明から、漢字を漢字語ではなく日本の言葉としてごく自然に自分のものとしているから、ほぼ問題なく意味をくみ取れる。しかし韓国の場合、すでに50年間の漢字教育の欠如のため、そのベースとなる漢字の知識そのものが消えてしまい、音から意味を類推するのが難しくなっているのだという。
実際、夥しい数の同音異義語が生まれている。韓国日報(2014年2月2日付)でも、伊藤博文を暗殺した「安重根義士」の“義士”と“医師”の区別がつかず、「その人は何科を診療していたのか」ときいてきたり、靖国神社の“神社”を“紳士”と誤って解釈するというビックリな事例を挙げ、「44年にわたり続いたハングルだけの教育が産んだ、漢字知識の欠落現象。これが最近は社会のコミュニケーションの食い違いを引き起こし、憂慮の声が高まりつつある」「特に若い人ほど漢字知識の欠落は深刻で、時には世代間のコミュニケーション上の混乱あるいは断絶まで引き起こしている」と危機感をあらわにしている。
「陣痛」と「鎮痛」が区別できない若手医師
ことは歴史の分野に限らない。「体罰」という言葉の解釈が政府、教育庁、学校それぞれの間で解釈が異なり、「体罰禁止」の範囲をめぐる問題がなかなか進行しなかったり、高齢の医師が妊婦の「陣痛(チントン)」と痛みを和らげる「鎮痛(チントン)」という正反対の語彙の区別がつかない若い医師が多い、という年配医師の嘆きも聞かれるという。韓国人どうしの韓国語による意思疎通に支障が生まれているというのだから、穏やかではない。
前出の呉氏によれば、それ以上に韓国人が失いつつある大きなものは、「抽象度の高い思考を展開すること」と、今も昔も漢字圏にある韓国の伝統文化の消失だ。ソウル大学の約63万冊の蔵書のうち活用されているのが2%というアンケート結果に、ソウル大学教授が「勉強したくないからではなく、漢字時代の文献が読めない」「抽象度の高い漢字語の概念後を知らないから、外国語の専門書などはほとんど理解できていない」として、「漢字を廃止することによって、数千年続いていた固有文化は、その伝統が断絶するだろう」という嘆きを紹介している(1999年、前述書より)。