加藤の長男は当時、私立平安高校に通っており、「高校生はみんな腹をすかせている」ことに気づいていた。そこで、無料券を平安高校へ持っていって、配ってみることにしたのである。すると、効果はてきめんだった。翌日から王将の四条大宮店は高校生で満員となり、彼らは無料の餃子に加えて、大盛りラーメン、大盛りチャーハンなどをばくばく食べたのである。その様子を見ていた加藤は、ピンときた。

「そうだ。京都には高校や大学がいくつもある」

次の日から、加藤は無料券を抱えていっては、高校や大学の校門前で配った。そして、客が溢れてきて、2店目、3店目を出店するときは必ず学校の近くの場所にした。こうして王将発展の基礎は築かれたのである。

鈴木は解説する。

「加藤は知らず知らずのうちに当時、最新だったマーケティング理論を実践していたのです。マーケティングには4つの要素があります。安い餃子を出すという価格戦略。高校生、大学生を狙うターゲットの設定。無料券を出すという販促戦略、そして、店のなかで売るだけでなく、餃子の持ち帰りをアピールする直売の作戦。マーケティングミックスを採用して、店舗を拡大していったのです」

ちなみに、4番目の餃子の直売作戦だが、現在、王将で売り上げに占める持ち帰りの割合は17%もある。他の飲食チェーンよりもはるかに高い。売り上げ672億円の17%といえば114億円。王将は100億を超える総菜を売るチェーンともとらえることもできるのだ。そして、鈴木によれば、持ち帰り商品をアピールする際にも、創業者は巧みなマーケティング戦略を用いたという。

加藤は昭和40年代から新聞に無料券を刷り込んだ「餃子大安売り」のチラシを入れた。当時、王将の店舗にやってくるのは学生か独身サラリーマンばかりで、家庭の主婦は食べにこない。持ち帰り餃子を売るために、加藤は主婦層に向けてチラシを作り、新聞にはさみこんだのである。今でこそ、フライドチキン、ピザ、宅配弁当のチェーンは新聞に安売りのチラシをはさみこむ。しかし、飲食チェーンで新聞にチラシを入れたのは餃子の王将が初めてだった。王将はチラシひとつにしても、イノベーションを行っているわけだ。これまでマーケティングの専門家は餃子の王将の研究なんて、やろうとしなかった。専門家にとって研究対象になるのは大企業だけである。キッチンで懸命に鍋を振る姿だけが印象に残る餃子の王将など、マーケティング専門家には、取るに足らない存在だった。

王将における2番目のイノベーションは「料理人が何でもやること」だ。