「で、私は何をすればいいんですか」

私はテレビ朝日のOBなので、実は弘中アナと仕事を一緒にしたことが、ほんの少しある。一度はとあるニュース番組の特集コーナーの担当デスクとして。多分彼女の「アナウンサーとしての初食レポ」だったのではないか。現場には行っていないから弘中アナは知らないだろうが、彼女の出演したVTRの制作責任者のようなことをやらせてもらった。この時のことは後ほど書く。

もう一度は、ABEMAで私がプロデューサーとして制作を担当した番組で。MCを彼女にやってもらったわけだが、この時の印象で私は、弘中アナが「ニュータイプ」だと思うようになったのだ。この時の印象は非常に強烈だった。

まず、目がまったく笑っていなかった。打ち合わせの時の話だ。「魚のような」というとかわいそうだが、特に何の感情もないという目をして「で、私は何をすればいいんですか」と、抑揚のない感じでわれわれ制作側に聞いてきた。

一瞬、この子は機嫌でも悪いのか、と思ったくらいだ。普通「女子アナ」はそこまで無愛想な感じで局のプロデューサーなどに接してくることは少ない。

言ってみれば「年老いた職人のよう」

演出担当が番組の概要を説明すると、説明をしっかり聞きながら、質問をしてくる。それはまさに、こちらの意図を確認し、文字通り「自分が何をすればいいのか」をひとつひとつ確認する作業だった。

嫌だと思うことは、嫌だ。分からないと思うことは、分からない。はっきりそういうことが言える人なのだな、と私は思った。機嫌が悪いのではない。仕事だからビジネスライクに「やるべきことのスペック」を確認しているのだ。

言ってみれば、年老いた職人のようだ。「仕事のプロ」に完全に徹している姿勢だった。

そして、いざ番組を収録してみると、彼女は見事に求められた仕事の水準をこなしてみせた。非常に一緒に仕事をやりやすい人だ。プロだから、仕事はきちんと高水準でやる。でも、別に仕事にそれほどの思い入れは持っていなさそうだし、ましてやよく知らないおじさんおばさん連中に媚びる必要性はまったく感じない。そんな人なのだろうと思ったし、それで全然いいのにな、と思った。他の「女子アナ」も、だ。

従来の「女子アナ」は3つのタイプがある

まったく違う話になるが、私は「女子アナ」という言葉は嫌いだ。だからさっきからカッコをつけて「女子アナ」と書かせてもらっている。

アナウンサーとは別物としての「女子アナ」。それは、言葉のニュアンスとして、「若くてかわいい女の子」が、自らの「かわいい外見」とか「フレッシュな若さ」とか「はつらつと頑張る初々しさ」のようなものを売り物として、主に男性の視聴者を喜ばせるために存在しているということを表している。

本来アナウンサーに性別は特に関係ないし、女性のアナウンサーであるということを示すなら、「女性アナウンサー」で良いはずだが、なぜか「女子」なのだ。