宝の山に変えた90億円の積極投資

実はKBセーレン再生の背景には、かつてのセーレン自身の姿がある。セーレンは大手繊維メーカーの染色工程を下請けするだけの中小企業の座に安住し、80年代の繊維不況で倒産の危機に陥った。そのとき最年少常務から社長に抜擢されたのが、子会社で自動車用シート材の開発・販売で実績を出していた川田氏だ。

だが、社長就任後、「新たな発想、果敢な挑戦」など様々なスローガンを掲げて改革に取り組んだものの、なかなか成果が出なかった。そのとき初めて川田社長は、「かけ声では人の意識は変わらない。仕事の仕組みのなかで変えていくしかないと気づいた」と言う。

そこで“業革宣言”を出し、具体的な業務改革の方針を示して、問題点が顕在化される目標設定と、問題が起きたら管理職が責任を持って解決し、再発を防ぐ仕組みに変えたのだ。その一方で、染色メーカーとして蓄積した既存技術を水平展開して新事業や自前の製品開発につなげるプロジェクトをつくり、経営資源を集中させていった。

そうした取り組みのなかから、現在のセーレンの主力事業となったデジタル染色システム「ビスコテックス・システム」が開発された。染色デザインのデジタルデータを在庫として持てば、時間差ゼロで追加生産できるシステムだ。

まず分析ありきではなく、まず問題点を顕在化させる仕事のやり方に変え、さらに既存技術を見直して新事業に育てるという2つの逆転の発想が功を奏した。これで社員が自信を持ち、新規事業において顧客を意識したモノづくりを行うことで社員の意識が変わった。

そして今、同じことがKBセーレンのなかで進行している。セーレンが「整流運動」と呼ぶ問題点を顕在化させる仕事の仕組みを導入する一方、カネボウから買収・統合した長浜工場と北陸合繊工場(福井県)に90億円もの設備投資を行ってきたのだ。本体の年間設備投資額が120億円というから、自ずとセーレンの本気度が伝わってくる。

活気を取り戻した長浜工場。

活気を取り戻した長浜工場。

そして昨年、北陸合繊工場では極細繊維を利用した新製品「プラズマパネル用電磁波シールド材」、長浜工場でも極細繊維を使う半導体向けクリーナー「ザヴィーナ」の生産が始まった。いずれもセーレンとの共同開発商品であり、「繊維=衣料」という旧カネボウ社員の常識を覆すものであった。

「極細繊維の技術は、もともとカネボウが持っていたもの。それをセーレンの技術やノウハウと組み合わせ、付加価値の高い機能性素材として統合した。旧カネボウの工場は今や宝の山。この成功体験が自信となり、旧カネボウ社員の持つ高い能力と技術力を引き出すことにもつながっています」(川田社長)

カネボウ時代に年間数億円の修繕費程度の投資しかしてもらえなかった工場の社員は活気づいた。「カネボウ時代に縁のなかったトップとの距離が縮まり、まさかと思った新設備が入り、新製品が生まれ、新入社員まで入ってきた」と驚きの声を笑顔で語る。笑顔で語ることのできる驚きこそ、人の意識を変え、活性化と創造力の原動力になるのだ。