机の上の判箱を開けるとそこには…

「この住所、ご自宅ですよね。ご自宅に『▲▲研究所』があるんですか?」
「そうや。『▲▲研究所』に外注出してるんや」
「そのゴム印がなぜここにあるんですか?」

A氏は、言葉につまった。

「これってご自宅の住所を使って、架空の外注費を払ったことにしているってことですよね」
「何を言うてんねん。わしはいつでもどこでも仕事のこと考えてるんじゃ。家に居ても風呂に入ってるときも、全部経費なんじゃ。それの何が悪い」
「必要経費はその収入を得るための直接的なものしか認められないんですよ」
「それは、そっちの言い分やろうが……」

何を言ってもらちがあかない。

「わかりました。では、次に机の上のものを確認させてもらいますね」
「なんでも見たらええがな……」

まだ、パソコンというものがなかった時代。

机の上にはアルミ製の判箱があった。パカッと開けると、箱の中には勘定科目のゴム印がずらっと並んでいたのだが、その上にコンドームが置かれていた。

全身に鳥肌が立った。

今、この事務所には、A氏と筆者の二人しかいない。

まずは、自分の身の安全を確保しなければ。税務調査に行って納税者にレイプされたとなってはしゃれにならない。筆者は、箱の中にあった代物のことは話題にすることは避けた。

「わかりました。では、今日は、ここでいったん署に戻ります。また日を改めて来させてもらいますが、その時は、請求書や領収書など、申告書を作成する基になったものを預かって帰るので、そのつもりでいてください」

ここまで読み進めてくださった読者の中には、

「あれ? 現況調査って事前の連絡なしに抜き打ちで行われる調査のことを言うんじゃないの?」

と思われた方がいるかもしれない。

事前通知なしの調査というのは、先に紹介した査察部や資料調査課が行うもので、現場を押さえることが目的なので、現況調査ありきということになる。

しかし、現況調査は、事前通知なしの案件に限って行われるものではないのだ。

よくある質問に

「パソコンの中も見るんですか?」

というものがあるが、これも現況調査の一環なのだ。

事前通知をしていても、パソコンの中は必ずチェックする。事前通知があっても現況調査は行われるということは知っておくべきだろう。

税務調査で女性関係までもが暴かれる場合も

この案件。A氏は、調査額を提示しても、自分が不正を働いたことを認めなかった。税務調査は、調査対象となった納税者がその調査金額に納得し自ら署名捺印をして修正申告書を提出する場合と、税務署側が更正処分をする場合がある。

A氏は、調査金額に納得しなかったため、更正することになった。更正をする場合は証拠保全が必要で、請求書や領収書など原始記録と呼ばれるすべての書類を預かりコピーする。更正通知書が届いてもなお、その処分に不服で納得がいかないという場合、その納税者は不服申し立てをすることができる。

不服申し立てがされると税務署の調査担当者の範疇ではなくなる。A氏の追徴はどのようになったのか、筆者は知ることはなかったのだが、後日、その詳細について確認されることはなかったことから、更正された通り追加の税金を納めたのだろう。

更正は手間がかかる。個人課税部門の一般調査担当の下っ端が1人で調査に出向き、更正することはめったにない。

しかし、このときばかりは、筆者の調査官魂に火が付き、更正を打ったのだった。

正義感が強い調査官がやってきて、現況調査をした際に、コンドームが出てきたら……。自宅では出産を控えた妻が子育てをしながらガーデニングに励んでいた。今日も仕事で遅くなるという口実のもと、納税者は事務所で何をしていたのか。調査官は調査対象者となった納税者が不倫をしていることまで見抜いてしまうこともあるのだ。

税務調査の目的は、適正公平な課税の実現である。調査に非協力的な態度をとったことで現況調査をする運びとなり、結果、痛くない腹まで探られ、追加の税金を払うだけでなく女性関係まで暴かれてしまうということは少なくない。

昨今、ゲス不倫が取りざたされているが、税務調査の世界でもゲスな話はあるのだ。

調査官は常に調査の端緒を探している。仕事に関係のないものは事務所に置いておかないようにすることは、正しい申告する際の第一歩。それ以前に、人として正しい行動をしているかどうかを判断する材料になりうるといえるかもしれない。

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