自宅の外観を観察すると幸せそうな家族像が浮かんできた
準備調査としてA氏の自宅の外観調査を行った。統括官はわざわざ管外の自宅まで行く必要があるのかと渋ったが、筆者は入念に準備調査をすることが調査を早く終わらせることになるという信念を持って調査にあたっていた。
郊外の閑静な住宅街。自宅の周りをぐるっと歩いてみる。幼児が庭のすべり台で遊ぶ傍らで、妻と思しきお腹の大きい人物がガーデニングに励んでいるのを確認した。
調査当日。いつもの通り、まずは、A氏の家族の状況から聞き取りを行おうとした。
「なんで、そんなことまで言わんとあかんねん。嫁と子どもがいるって申告書に書いてるやろ。あんたの相手をしている間、仕事の手が止まってるって、わかってるんやろなぁ。今日の日当はどうしてくれるんや!」
A氏は調査に協力する気はなさそうだった。
狭い事務室にA氏と筆者二人だけ。危害を加えられる可能性を考え、事業概況を聴き取り、現況調査だけして署に戻ることにした。
「調査は質問検査権という権限をもとに行うのですが、ここまでは質問をさせていただきました。ここからは、検査に入りますがよろしいでしょうか」
「何をごちゃごちゃ言うてんねん。なんでもええから早いこと調べて帰ってくれ!」
「では、現況調査をさせていただきます。引き出しの中を開けてもらえますか」
A氏は、しぶしぶ机の引き出しを開けた。一番上の平べったい引き出しには文房具が入っていた。真ん中の引き出しには、名刺や使用済みの通帳や請求書が入っていた。
納税者が蹴飛ばし隠したゴム印は…
「その請求書、出してもらえますか?」
A氏が出した請求書をぱらぱらとめくってみると、控えのページが破り捨ててあるところがいくつかあった。
「破れてるところがあるみたいですけど、どうされましたか?」
「そんなこといちいち覚えてると思うか? あんただって、1週間前の晩飯何食べたか聞かれてもすぐには答えられへんやろが!」
A氏は筆者が請求書を確認している間に、真ん中の引き出しの奥から何かを取り出して、机の下に落とし蹴とばした。
「今、何か出されましたよね。何ですか?」
「なんでもない!」
「ちょっと確認させてもらいますね」
筆者は机の下に潜り込み、A氏が蹴とばしたものを拾った。ゴム印だった。
『▲▲研究所』
その所在地は見覚えのあるものだった。筆者が事前に外観調査をしたA氏の自宅の住所だった。