強みを生かす経営戦略のあり方

「ものづくり白書」が注目したのは、「ダイナミック・ケイパビリティ(企業変革力)」というコンセプトである。「環境や状況の激変に応じて、企業内外の資源を再構成して、自己を変革する能力」である。それは、不確実性を乗り越えるための能力なのである。「ダイナミック・ケイパビリティ」は、カリフォルニア大学バークレー校のデイヴィッド・J・ティース教授が提唱し、近年、注目を浴びている戦略経営論上の考え方である。

ティース教授によれば、企業の能力は「ダイナミック・ケイパビリティ」のほか、「オーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)」がある。これは「与えられた経営資源をより効率的に利用して、利益を最大化しようとする能力」を意味する。労働生産性や在庫回転率のように、特定の作業要件に関して測定でき、ベスト・プラクティスとしてベンチマーク化されうるものである。

なぜ、「オーディナリー・ケイパビリティ」だけでは不十分なのか。「ダイナミック・ケイパビリティ」が重要になるのか。これについては、コダックと富士フイルムを例にすると分かりやすい。

倒産したコダック、変革を遂げた富士フイルム

両社とも、もともと、写真フイルムの生産販売で利益を得てきた企業であった。しかし、1990年代以降、デジタルカメラが驚異的なスピードで普及すると、写真フイルム市場は急激に縮小した。この想定を超える環境の激変に対して、両社はどう対応したか。

古い写真フィルムのコレクション
写真=iStock.com/Leila Melhado
※写真はイメージです

コダックは、株主価値や利益の最大化を目指すオーディナリー・ケイパビリティ重視の戦略に固執した。その結果、デジタルカメラの普及という環境変化に対応できず、倒産の憂き目をみた。

これに対して、富士フイルムは、写真フイルムで培った技術を再構成して、ディスプレー材料、バイオ医薬品事業、医療IT、再生医療等の新事業開拓の投資を行った。ダイナミック・ケイパビリティを発揮することで、危機を乗り切ったのだ。ちなみに、コロナ禍で注目された新薬「アビガン」は、富士フイルム傘下の企業が開発したものである。富士フイルムのダイナミック・ケイパビリティ恐るべしである。

こうしてみると、不確実性がニュー・ノーマルとなった世界で、製造業がとるべき戦略は、「ダイナミック・ケイパビリティ」を強化することであるのは、明らかであろう。